マイナス7(4)

 実に数年ぶりに制服に着替えた。と言っても夏服なので単なる半袖のワイシャツだけどね。


 ネクタイを締めながら、職場に連絡しなきゃと考えてしまったが、僕が務めている事務所は確か設立して五年目なので、たぶん今は存在さえしていない。

 あったとしても、未来の社員からとつぜん「今日行けません」とか言われても困るよな。


 代わりにというわけじゃないけれど、とにかく普通に学校に登校してみることにした。このままずっと部屋で寝ているわけにもいかないし、とりあえず確かめないといけないことが三つある。


 まず自分の身に何が起きているのか。次にその対処法。最後に、自分がどうしたいかだ。

 それを考えるのに、まだ材料が足りないと思った。

 ……思えばこんなふうに、妙に慎重で回りくどい性格になってしまったのも、高校時代に元凶がある気がする。


 カバンはどうやら教室に置いてきたままらしく、僕は机の引き出しに入っていた小銭と、ハンカチやら何やら必要そうなものだけリュックに詰めて家を出た。


 なんだか初登校のときよりも緊張するし、苦手科目のテストの日よりも不安だ。


 当たり前のように通勤通学する人の流れの中で僕は、「この人たちも全員実は未来から来ていて、それを隠してみんな普通に振舞おうとしているだけだったら面白いな」とか、気を紛らわすためにくだらないことを考えたりしていた。自分だけがイレギュラーだというのが心細いのかもしれない。


 ――横断歩道を渡った先で、あの頃いつもそうだったように、よく知った顔ぶれが僕を待っていた。


「やあ草司そうじ。昨日は早退したらしいけど、平気なの?」


 この穏やかな雰囲気のイケメンはさかい圭吾けいご。当時から感じていたけど、開口いちばんにさりげなく友人のことを気遣えるこのコミュスキルはやっぱり高校生ばなれしている。


「サボっただけでしょ。なんか様子はちょっとヘンだったけど」


 そう言ったのは芹奈せりなだ。毎日見慣れていたはずなのに、今となってみると制服姿はなんちゃってJKのコスプレのようで、何だかこっちが落ち着かない。


 その芹奈の隣にいるのが鏑矢かぶらや美希みき、こっちは黒髪を肩口で奇麗に切りそろえ、細いフレームの眼鏡をかけた、いかにも清楚で優等生といった感じの女子で、どちらかと言うと目立つタイプの芹奈と並んでいるとますます大人しそうに見える……んだけど。


「ってか、遅いんだよ。人を待たせてんだから駆け足で来いよ駆け足で」


 とにかく口が悪い。しゃべりながら歩いていると、外見とのギャップのせいでよく通りすがりの人に二度見されている。

 もちろん、ただ口が悪いだけの女の子じゃない。さすがに成人するあたりには少しだけマイルドになっていたので、この頃の遠慮ない毒舌ぶりを懐かしく感じていると、いきなり尻を蹴り上げられた。足癖も悪い。


「女の子が脚を上げて蹴るもんじゃないよ」

「うっせーな。エロオヤジかよ」


 24歳となった僕としては、17歳の女子高生からそう言われるのは少し心に刺さるものがある。

 そしてミキは僕の言うことに素直に従って、あらためて僕の脛にローキックを入れてきた。


「……わざわざ蹴り直さなくてもいいと思うんだけど」

「この業界ではご褒美だろ。ありがとうございますと言え」


 あいにく僕はそんな業界には所属していない。

 この性格でなぜこんな外見をしているのか、本人いわく『男ウケがいいから』らしいが、それがケイゴの好みだからというのは、僕らはだいたいみんな気づいていた。


 芹奈と違ってスカートの丈もおとなしめで、ハイソックスの長さでバランスを取っている。教室でファッション誌のモデル写真に定規を当てて黄金比を真剣に計算していたので軽くイジったら、三角定規で的確に僕の眼を狙ってきた。それも30度のほうでだ。


 あとで芹奈には、『乙女心をバカにした籏野が悪い』と言われたが、定規を凶器にしても乙女を名乗っていいんだと逆に感心した。


『内面はいくら取り繕ってもどうせバレるんだから、そのぶんせめて外見でカバーする』ということらしい。潔い割り切り方だと思う。


 そうこうしているうちに信号が変わり、金髪のツンツン頭にピアスをした男子生徒が、僕とは別の方向からやってきた。そいつはあくびをしながら僕らに向かって軽く片手を上げる。


 タカこと高原たかはら善治よしはるは、180センチ越えの長身で『悪そうな奴はだいたい友達』みたいなそのルックスに似合わず(と言っちゃ悪いか)、SF小説やアニメなんかが好きで、僕の知識もほとんどこいつの影響だ。


 こんな感じで、スクールカーストからは若干外れているけど孤立しているわけでもなく、なんとなく皆から一目置かれている――それが僕らのグループだった。

 家族や友人と出会えたことで、不思議と気持ちは落ち着いてきた。


 ただし彼らは七年前の存在で今の僕が知っているみんなとは違う、という点で異常な状況には変わらないはずなんだけど……理屈じゃないんだろうね、こういうのは。

 他愛ないおしゃべりで笑いあう友人たちと並んで歩きながら、僕はそんなことを考えていた。

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