マイナス7(2)

 水泳というキーワードによって記憶の一部が掘り返されたのをキッカケに、当時の時間割が、そこだけ鮮明に甦ってきた。

 はたぶん高校二年生の1学期後半の木曜日。午後からは2クラス合同の水泳で、本日の授業は終わりだ。


 授業開始のチャイムが鳴って人気のなくなった下駄箱の前――『籏野はたの』と自分の苗字が書かれたラベルの下に、とっくに捨てたはずの懐かしい指定靴が、当時と全く同じままに泥と埃にまみれてそこにあった。

 試しに足を入れてみると、まるで毎日履いていたかのようにピッタリ合う。けれども、チャイムが鳴り終わったからと言って、こんなシンデレラごっこをしている場合じゃない。


 僕はおっかなびっくり校舎の外に出てみた。

 見慣れた街並みが目の前に広がっている。……見慣れた景色だからこそ、おかしい。だって、あれから七年も経っているのだから。

 田んぼが駐車場になったり、酒屋がコンビニになったり、信号がLEDになったり、そんな変化が絶対にあるはずなんだ。

 つまり、これは……。


 あまりに荒唐無稽すぎて、ここまで何度も頭をよぎっては振り払ってきた言葉が、しつこく首をもたげてくる。

 ここは、七年前の世界だと。


『時間移動をテーマにした話ってのは、鬼のように大量にあるんだけどよ。ステキな未来に行ってめでたしめでたし、みたいなのはまぁ少ねーよな。たいていは過去に戻って何かを変えたがんだ。ある意味究極の後ろ向き思考だよ』


 その手の話が大好きな、悪友のタカがいつか言っていたのを思い出す。……いや、いつかじゃないな。今が七年前だとすれば、つい最近だ。


『タイムトラベル、タイムスリップと来て最近じゃ一周まわってまたタイムリープが主流かねぇ。それも再び陳腐になってくりゃ、別の用語に取って代わられるんだろうけどな』


 古臭くてダサいとされていたものが、さらにしばらく経つとレトロな魅力があるとか持ち上げられたりするように、そういう単語の流行り廃りはグルグルと回っていくものらしい。


 今ではもうそんな骨董の域らしいけど、僕は『タイムトラベル』という呼び方が好きだ。

 まず語感がほのぼのとして楽しそうだし、旅行なら行きや帰りのスケジュールはだいたい決まっている。何なら親切な添乗員さんだっているかもしれない。気ままな一人旅だったとしても、現在地や目的ぐらいはわかるだろう。

 それさえわからないまま放り出されたんじゃ、旅じゃなくてただの迷子だ。


 こうやって学校の前をウロウロしていて教師に見とがめられても面倒だし、僕は身にしみついた帰宅ルートをたどることにした。迷子にできそうなことと言えば、それぐらいしかない。


「……とりあえず、実家に帰るか」

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