課題3  「主人公と敵の心理描写を入れる」

課題

  「主人公と敵の心理描写を入れる」


 人でにぎわう市場。冒険者シンイチは、盗賊のボスであるマックスの後ろをこっそりと付けていた。

 マックスは足を早めた。

 シンイチも見逃すまいと、走って付いていく。

 マックスは角を曲がるとすぐ止まり、剣をとって待ち構える。

 シンイチが角を曲がると同時に、剣と剣が激しくぶつかり、マックスの剣が手から離れた。

 マックスはもう抵抗をやめた。



作品


 人が多すぎる。隠れるにはいいが、何か起きるとまずいことになるな。

 シンイチは、人々が巻き添えになることをおそれた。


 難関なランクAのクエストということもあり、誰もやろうとはしない、盗賊ボスであるマックスの捕獲。シンイチも余計なことには首を突っ込みたくなかったのだが、最近は盗賊どもの行為に遠慮がなくなっている。このままでは町全体が盗賊の支配下に置かれてしまいそうだ。

 誰かがやらなきゃならない。そう、盗賊のボスを捕らえるのだ。しかしそれをやれば、自分だけでなく親族家族皆が復讐で手下の盗賊たちに殺されるだろう。それを覚悟した上で、誰かが……。そうシンイチもぼんやりと考えていた。


 ギルドへ行くたび、家族も親族もいない自分に何か訴えるようなギルド長の目が突き刺さった。シンイチはあまり乗り気ではなかった。これまで自分の利益に忠実に生きてきた。だからこそ、今まで生き残れてきたのだ。盗賊のボスを捕まえようものなら、一生涯、盗賊たちに命を狙われ続ける。いくら賞金をもらったところで、割に合うものじゃない。

 しかし、ギルドには今まで世話にもなった。シンイチには義理堅い一面もある。少なくともそう自負しているつもりだ。この町が盗賊の支配下に落ちたなら、ギルドも解散だろう。仮にそうなれば、シンイチも重い責任を感じずにはおられない。

 そんなことを考えながら市場を歩いていると、シンイチの先に背の小さな長髪の男が一人歩いているのが目に入ったのだ。

 後ろ姿だが一目でわかる。まさにその盗賊のボス、マックスだ。シンイチとは直接面識はなかったが、見張りの仕事をしているときに遠目で見ることがあった。奴は頭脳も評判らしいが、戦いも一流だ。シンイチはその時に目にした光景を思い出す。それは、マックスが短剣を高速で操り、数人を切り刻んでいく姿だ。今思い返してもゾッとする。あれは、人間のツラした地獄の生き物だ。

 そのマックスが今、シンイチの数歩先を歩いているのだ。観察する限り、仲間は連れていない。

 そっと近づいて背中を刺すか? 確か生きたまま捕獲するのが依頼内容だ。いろいろと聞きだしたいことがあるのだろう。手足を切り落としてでも、意識さえあればいいとあった。

 シンイチは、すでにマックスを捕らえる気でいることに自分で驚く。フフッ、これも職業病というやつか。緊張感に少し身震いしながらも、シンイチの口は緩んだ。よく考えりゃ、ギルドには俺以上の剣の使い手なんていない。俺がやるしかないじゃないか。


 そう決意が固まると、シンイチは少し速く歩いた。しかしである。その途端、マックスの背中がピクリと動いたような気がしたのだ。まさか、気づいたのか? シンイチはまた元の速さに戻す。しかし、今度はマックスが走り出したのだ。

 しまった、やはり気づかれてしまった! シンイチは、マックスの気配を察知する能力に驚いた。普通の人間ではあり得ない。やつは本当に地獄から来たのかもしれないぞ。もはやシンイチには後戻りをするという選択肢はなかった。一度決意したことをすぐさま取り消すことなど、シンイチの頭の中にはないのだ。


 マックスは走りながら、追ってくる者は誰だろうかと考えていた。かすかに殺気を感じて走り出したが、知らない者の気配だ。よその町の盗賊なら、一人じゃまず襲ってこない。町の役人は俺たちには手を出せないはずだ。そういえば、冒険者ギルドには、俺を捕獲する依頼があると聞いたな。直接手を出せない役人が依頼したか。おそらく、その依頼を見た阿呆の冒険者が追ってきたのだろう。しかし、どうやって俺だとわかりやがった。これでも、目立たないよう盗賊を率いてきたつもりなんだがな。マックスは角を曲がると急に止まり、短剣をとって身構えた。

 あれこれ推測するよりも、拷問して吐かせるのが早いというものよ。


 奴は角を曲がったところで剣を向け待ち構えているはずだ、そうシンイチは確信した。

 こちらの姿が見えなくても、マックスは気配を感じて俺が見える。一方俺は奴が見えない。このままでは俺が不利なのは間違いない。角を曲がった途端、俺の心臓には短剣が突き刺さるだろう。いや、奴のことだから簡単には死なせはしないか。


 シンイチは走りながら腰の剣を抜く。

 剣だけで生きてきた。剣のみが自分を育ててくれた。だから、自分の剣さばきを信頼していた。実際、自分より巧みに剣を扱える者を見たことはなかった。マックスの高速の短剣さばきを見た時も、頭の中では奴とどう戦うかを実験していたし、実験では自分が勝った。

 それなりに剣の腕には自信はある。

 マックスを視界に入れてから剣を振るのでは遅すぎる。シンイチは突きの態勢に入った。角を曲がり次第、剣を突く。殺す気で行く。そうしないと俺がやられる。奴は俺の気配で何もかもが見える。しかし、見えたところでどうだというのだ。見えていてもどうにもできないことは、山のようにある。

 奴を生きたまま捕らえようとすることはあきらめる。殺さないと勝てない相手だ。


 来たな。

 マックスの両手にはそれぞれ短剣が握られている。手足が短い者が長剣や槍を好むのを、マックスはこれまで幾度も眺めてきた。リーチの短さを長剣や槍という武器で補おうとする選択には、吐き気がした。なぜ小さいことを生かそうとしないのだ。小さいことは欠点にもなるが、利点にもなることをなぜ理解しない。欠点を補ったところで、しょせん平凡な力しか出せない。しかし、利点を生かせば達人になれる。

 マックスは小柄な体を生かし、素早さを鍛えた。武器は軽い短剣を選んだ。リーチが短ければ、短剣を投げればいい。だから服の中には常に数本の短剣を装備した。こうしたマックスの考え方は、盗賊の中で地位を上げていくのにも役立った。マックスがボスになってからというもの、彼の盗賊団は短期間で勢力を増した。しかしまだマックスは満足していない。町を支配することは始まりに過ぎない。いずれ国を支配することが彼の目的であった。

 だから、こんな雑魚に構ってるヒマはないのさ。

 マックスは相手の強烈な殺気を感じると、低く下にかがんだ。角から相手が出て来ると同時に、腹に短剣を刺すつもりだ。相手の来る瞬間は、気配で正確にわかる。……今だ。


 カキーン!


 甲高い金属音が響いた。

 その後カランカランと、地面に2本の短剣が転がった。

 シンイチの剣がマックスの2本の短剣をはじいたのである。


 シンイチはマックスが低く身構えていることに賭けていた。奴はなるべく俺の視界の中心から外れるように待ち構えているはずだ。もし、俺の視界の上にいれば俺の負けだ。しかし、屋根に上ったり、壁にしがみついたりする時間はないはずだ。手っ取り早いのは、奴の小さな体を生かし、地面に這いつくばるように待ち構える。そして、俺が気づくのが少し遅れるスキに、奴は俺を刺す。それがシンイチの想定したマックスの戦い方であった。だから、シンイチは角を曲がると同時に、相手の姿も確認せず剣の強烈な突きを下方に入れたのだ。

 一方マックスは、相手の下への突きを全く想定していなかった。相手の腹へと攻撃するためだけに、短剣を身構えていたのだ。だから気配で相手来ることを知ると、右手の短剣を突き出し……かけたのだが、光るモノが自分の頭に向かってきたのを知る。剣だ! 慌てて両手の短剣でその剣を防いだ。しかし、強烈な突きであった。2本の短剣は簡単に吹き飛ばされてしまったのだ。


 「マックス、死にたくなければ、おかしな動きはするな」


 本当に殺そうとする者の殺気だ。マックスは仰向けに倒れ、剣を喉元に突かれた状態で、声も出せなかった。負けたのだ。少なくとも、この戦いでは。それを認めなければならない。


 盗賊のボスをほぼ倒したかのように見えるシンイチであるが、いまだ一切の油断はしていなかった。こいつは頭がいい。スキを見せたら俺が殺される。そのことは十分理解していた。そもそも、俺の突きを短剣で防御できたことが信じられない。読みは完ぺきに当たった。剣の付く先にマックスの頭があったのだ。しかしこいつは……剣先の筋を完全に読み、短剣2本で自分の頭を守ったのだ。


 「ま、参りました。おとなしく捕まりますよ、へへ……」

 マックスはようやく、言葉を発することができた。

 相手の殺気はまだ収まっていない。相手を油断させれば逃げるスキもあるかもしれない。しかし、ダメだ。この相手に反抗すべきではない。マックスの頭がそう計算する。牢屋に囚われる方が安全だ。牢屋ならば、いくらでも逃げる手段はある。この得体の知れない剣士を殺すのは、その後からでいいのだ……


 百人もいるであろう役人がマックスを縛る間、奴の余裕のある目つきを見てシンイチは確信する。こいつとは再び戦うことがあるだろう。そしてその時は、絶対に殺さねばならないと……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る