第2話 白樺深雪

 サイコロの目は四だった。一マス、二マス……と進んでいく。四マス目まで来たところで足を止めた。

 視線を地面に下げて、文章を読んでいく。そこには『怪しい占い師がちゃちい布を売りつけてくる』と書かれていた。……いらねえ。

 シュバッ、と音がして怪しい占い師が現れた。

「そこのお兄さん。このちゃちい布はいかがかな?」

 自分でちゃちいって言ってしまっている。こいつ、バカなのか? 

 ありがちすぎる紫色のフードを被っている。サイズが合っていないのか、袖の部分が長い。ちゃんとサイズを合わせてから来いよ。

 紫色の布を被せた台にちゃちい布が置いてあった。その横に黄ばんでいて汚い水晶球が鎮座している。何をすればそんな汚くなるのだろう。水晶玉にコーヒーでもぶちまけたのだろうか。

「今ならなんと送料無料」

 怪しい占い師が言った。

 そりゃそうだろう。手渡しで済むんだからな。それで金を取られたらたまったもんじゃない。

「価格は一万円」

「高すぎるな」

「水晶玉を付けるから」

「いらんわ、そんな汚えの」

「…………」

 怪しい占い師は黙り込んだ。

「でも、磨けばきれいになるよ。……多分」

「多分って何だ。確信を持ってから言え。それと客に磨かそうとするな。自分で磨け」

 客に磨かそうとするとは何て占い師だ。

「自分で磨くの面倒くさいし。わかるでしょ? お兄さん」

「わからなくはないが、客に面倒ごとを押し付けるな。怪しい占い師」

「怪しい占い師じゃない。わたしの名は深雪みゆき。白樺深雪だ」

 怪しい占い師――白樺深雪は言った。

「何で名前を名乗った後にフルネームを名乗ったんだ?」

「何となくそう言った方が覚えてもらいやすいかなと思って」

 まったくこの占い師は。ん? 白樺だって?

 俺はカードを取り出して歩美を呼んだ。

 シュバッ、と音がして歩美が現れた。

「尚人。別れてからさほど時間が経っていないのに、そんなに私に会いたかったの?」

 ほほ笑みながら歩美は言った。

「歩美、聞きたいことがある」

「何?」

「そこにいる占い師のことを知っているか」

「占い師?」

 歩美は振り返って占い師を見た。

「姉ちゃん」

 深雪は驚いたように、歩美を見て呟いた。

「この声は深雪」

「姉ちゃん。そこのお兄さんと知り合いなのか」

 深雪は紫色のフードを外した。暑くなってきたのかもしれない。美少女といってもいい外見をしていた。やはり、姉妹だったか。

「うん。と言ってもほんの少し前に会ったばかりだけどね」

「そうなんだ。ずっと気になっていたことがあるんだけど、何でお兄さん服を着ていないの?」

 今さら過ぎる問いかけだな。

「歩美に服を剥ぎ取られたからだ」

「姉ちゃんに。お兄さん、ちゃちい布買って、お願い」

「仕方ないな」

 俺は財布から一万円を抜いて深雪に渡した。元々買うつもりだったが。マス目に書かれている文章には逆らうことが出来ない仕様だからな。ただ布が一万円はない。ないわ~。

「やった! ありがとうお兄さん」

 深雪は満面の笑みで喜ぶ。歩美もかわいいが、深雪もかわいいな。

「はい、お兄さん」

 深雪はちゃちい布を差し出し、俺は受け取った。

 俺はちゃちい布を羽織り、服の代わりにした。ちゃちい布でも役に立つ時は立つんだな。

「お兄さん。これもあげる」

 汚い水晶玉を深雪は差し出してきた。

「……いや、それはいらない。役に立たねえし」

 俺は手を振りながら、水晶玉を受け取るのを断った。

「……お兄さんは私の親切心を踏みにじった。姉ちゃん慰めて」

 深雪は目尻に涙を浮かべて、歩美の胸に頭を押し付けた。

「よしよし。可哀相な深雪」

 歩美は深雪を抱きしめて頭を撫でた。

 俺が悪いのか。汚い水晶玉をあげることが親切心とは思えないんだが。ただの嫌がらせだろ。

「仕方ないな。貰ってやる」

「本当に! ありがとう少々意地悪なお兄さん」

 深雪は歩美の胸から顔を離して言った。意地悪は余計だろう。

 深雪は手を差し出して、

「一万円!」

 と、元気よく言った。

「……は? 金取るのか?」

「うん。最初は無料であげようと思ったけど、意地悪されたから金をとることにした」

 意地悪した覚えはないんだがな。財布から一万円を抜き取り、深雪に渡した。計二万円出費。

「はい、お兄さん」

 深雪は一万円を受け取ってから、汚い水晶玉を差し出して俺は受け取った。この水晶玉をどうしようか。玄関にでも飾るしかねえか。

「しかし、本当汚ねえな、この水晶玉。どうして、こんなに汚れてるんだ?」

 俺は水晶玉を回して全体を見ながら深雪に問いかけた。

「ぬかるんだ地面に落としちゃって。ほっといたら何か黄ばんでた」

「拭けよ。なぜ、ほっとく」

 俺は呆れた。面倒くさがりなのか。

「だって拭くの面倒くさかったし。それに汚れるし」

 やっぱり、深雪は面倒くさがりのようだった。

 俺は呆れながら視線を深雪から歩美に移した。微笑みながら俺と深雪を見ていた。

「ねえ、尚人」

「何だ? 歩美」

「さっきの返事の答えなんだけど」

 俺は歩美の目をじっと見つめて返事を待った。いったいどんな返事を貰えるのだろうか。

「わたし、尚人のこと好きになった。一緒に暮らそうよ、深雪ともいい感じだし」

「いい返事をもらえて何よりだ。深雪ともいい感じだし、と言うことは三人で暮らそうってことか?」

「うん。そうだけど、だめ?」

「いや、だめじゃない」

「よかった」

 歩美はホッとした表情を浮かべて呟いた。

「ちょっと待って」

 深雪は何が何だかわからないって表情をした。

「姉ちゃん。結婚してなかった?」

 深雪はいぶかしげな表情で歩美に聞いた。

「してるけど、関係は冷め切ってるからね。別居中だし」

「別居中? そうなんだ」

 深雪は歩美が別居中だと知らなかったらしく、呆然とした表情で呟いた。

「このまま尚人の家に行って同棲しようかな」

「え? 姉ちゃん。このままって、それはちょっと早すぎだと思う」

 深雪は歩美の目を見つめて言った。

「そんなことないと思うけど。ね? 尚人」

「ああ、そんなことはない。そうと決まれば、さっさと家に帰ろう」

「うん。あっ、水晶玉持つよ」

 歩美は水晶玉を持ってくれた。


 ☆☆


 俺はサイコロを投げた。サイコロはコロコロと回転をしながら、地面へと落下する。地面を数回転がって止まった。

 サイコロの目は六だった。

 一マス、二マス……と進んでいく。六マス目まで進んだところで足を止めた。視線を下げて、文章を読んでいく。そこには『筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんにセクハラされる』と書かれていた。

「……ご愁傷様。お兄さん」

 深雪はこちらに向かって両手を合わせてきた。誰がご愁傷様だ。

 シュバッ、と音がして、筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんが現れた。

「いい男。あたしの好み。ぐふふ」

 筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんは顔中にしわくちゃの笑みを浮かべた。

 タンクトップに短パンだった。若く見られようとしているのだろうか。まったくもって見えないがな。腕は太く太腿もパンパンに盛り上がっていた。こんなのにセクハラされたら死んでしまう。

「ぐふふ」

 筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんに腰辺りを触られた。背筋がゾッとする。

 肩をつかんできた。指が肩に食い込んで痛い。力強いなこのおばあさん。

「ぐふふふふふふ」

 筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんはしわくちゃの笑みを浮かべながら、全身をいやらしい手つきで触ってくる。

「…………っ!」

 身体が小刻みに震えだした。俺は震えを止めようとしたが、身体はまったく言うことを聞いてくれず止まらない。寒気がする。これが嫌悪ってやつか。

「おや、寒いのかい? あたしが温めてあげるよ」

 筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんは俺を抱きしめた。

「……がっ!」

 ミシ、と骨が軋む音がする。この野郎、力入れすぎだ。俺を殺す気か。

 何か視界がぼやけてきた。これってやばくないか。

「あっ! 尚人の口から白い泡が吹き出てる!」 

 歩美は驚愕の表情を浮かべ、俺の口元を指差しながら叫んだ。筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんは満面の笑みを浮かべて俺を抱きしめている。

「あはは。本当だ。お兄さんの口から白い泡が出てる。小さな泡風呂みたい!」

 深雪の笑い声がした。チラリと深雪を見ると、腹を抱えて笑っていた。こっちは死にそうだというのに失礼な奴だ。

「離してあげて下さい。おばあさん。何か死にそうなんで」

 歩美が筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんに言った。

「あら、ごめんね。力入れすぎちゃった」

 筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんはようやく俺を離した。

「ぺっ」

 俺は白い泡を吐き捨て息を整えた。

「それじゃ、あたしはこれで」

 シュバッ、と音がして筋肉ムキムキのおじいさんのようなおばあさんは消えた。

「深雪」

「何かな、お兄さん」

 深雪はまだ笑いながらこちらを見る。

「お前、笑っただろ。こっちは危うく死にかけたんだぞ」

 俺は笑い続ける深雪をギロリと睨み付けた。

「ご、ごめんなさい。お兄さん」

 深雪は目尻に涙を浮かべて謝ってきた。無言でしばらく深雪を見つめた後、俺はため息をついた。

「かわいいから許す」

俺は深雪の涙を拭ってやった。

「ありがとう。お兄さん」

 深雪はホッとしたように笑った。歩美はニコニコしながら、こちらを見ていた。


 ☆☆


 俺はサイコロを持ったまま、辺りを見回した。ちらほらとサイコロを投げている老若男女が見受けられた。かつあげをされている若い男やむさ苦しいおっさんにセクハラされている若い女などがいた。

 俺は視線を前に戻すと、サイコロを投げた。サイコロはコロコロと回転をしながら、地面へと落下する。地面を数回転がって止まった。

 サイコロの目は四だった。一マス、ニマス……と進んで、四マス目まで進んだところで足を止めた。視線を下げて文章を読んでいく。そこには『三マス戻る』と書かれていた。

「何してんのお兄さん。帰るの遅くなるよ。進むのならいいけど、戻るのなんて面倒くさいだけだし」

「文句を言われても困る。仕方ないだろ」

 俺は来た道を戻りながら言った。

「尚人の言うとおりだよ。さあ、戻ろう、深雪」

 深雪は不満げな顔をしながらも、来た道を戻っていく。

「次は私が投げるよ」

 深雪は俺からサイコロを奪い取り投げた。サイコロはコロコロと回転をしながら、地面へと落下した。地面を数回転がって止まった。

「六マスだよ。姉ちゃん、お兄さん」

 深雪はサイコロを俺に渡してきた。俺はサイコロを受け取った。

 一マス、ニマス……と進んで、六マス目まで進んだところで足を止めた。視線を下げて文章を読んでいく。そこには『アイテムカードが貰える』と書かれていた。

 シュバッ、と音がしてアイテムカードが現れた。

 深雪がアイテムカードを手に取って見た。それからこちらに向けてきた。アイテムカードを見ると『サイコロが一個増える』と書かれていた。

「見たか、お兄さん。さすが私」

 深雪がドヤ顔を浮かべて偉そうに威張ってきた。アイテムカードを手に入れたくらいで偉そうにしないでほしい。

「たまたま運がよかっただけだろ。威張るな」

「そんなことないよ。私は……何かすごいんだよ」

 何かって何だよ。

「そういうことにしておいてやる」

「姉ちゃん。お兄さんが私をいじめる」

 深雪は歩美の胸に飛び込んだ。失敬な。いじめてなどいない。楽しんでるだけだ。

「よしよし。かわいいな深雪は」

 歩美はほほ笑んで深雪の頭を愛しそうに撫でた。

「尚人。優しさ七割からかい三割で接してあげて」

 歩美は深雪の頭を撫でながら、こちらを見て呟いた。

「わかった」

「……からかわれるの確定なんだね」

「別にいいだろう。それぐらい気にするな」

「それもそうだね。いじめお兄さん」

 誰がいじめお兄さんだ。楽しんでるだけだというのに。

「尚人。そのアイテムカードどうする? もう使う? それとも温存しとく?」

「そうだな。温存しておこう」

「うん」

 歩美はうなずく。

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