もしもこの世がスゴロクだったら

神通百力

第1話 白樺歩美

 俺は自分の頭と同じサイズのサイコロを両手で持っていた。

 足元を見ると地面には直径五十センチほどの無数の円が描かれており、その中には文字が書かれている。その円と円が幅五十センチ、長さ一メートルほどの道で繋がっている。

 止まるマスとサイコロの目によって、早く帰れることもあれば遅くなることもある。

 俺は深く深呼吸し、気合いを十分に注入する。早く帰れることを祈るばかりだ。

 俺は両手を下げてサイコロを勢いよく上に投げる。サイコロはコロコロと回転をしながら、地面へと落下する。サイコロは数回転がって止まった。

 サイコロの目は五だった。

 俺は円を一マス、二マス……と進んでいく。五マス目まで進んだところで足を止めた。視線を地面に下げて、文章を読んでいく。そこには『盗賊に襲われて服を剥ぎ取られる』と書かれていた。……最悪だ。

 シュバッ、と音がして、目の前に盗賊が現れた。

「悪いけど坊や。服を剥ぎ取らせてもらうよ」

 青いバンダナを頭に巻いている。黒いブラを着用している。ジーンズを太ももの部分で切りとっている。腰に茶色い布を巻いている。何と無駄に露出度の高い格好であることか。あと悪いと思っているのなら服を剥ぎ取ろうとしないで欲しい。

「剥ぎ取られるのは嫌で嫌で仕方ないが、マス目に書かれている文章には逆らうことが出来ない仕様になっているから潔く受け入れるとしよう」

「お利巧ね坊や。あなたみたいな子は嫌いじゃないよ」

 盗賊はかわいらしくほほ笑み近づいてきた。……無駄にドキッとさせるな。このやろう。

 盗賊はなぜか身体をぺたぺたと触り始めた。あれ、服を剥ぎ取るのでは……? 

「いい身体してるね。坊や」

 え? もしかして誘惑されてる? このマスは最悪だと思ったが、それは判断ミスで最高のマスかもしれない。

「旦那よりもいい身体だよ。坊や」

「え? 既婚者なのか?」

「そうだよ」

 盗賊は無邪気に笑う。

 期待させといて旦那持ちかよ……いや、俺が勝手に期待しただけに過ぎないが。

「とは言っても旦那とはただいま別居中なんだけどね」

 盗賊は肩をすくめて、苦笑する。

 そうか。別居中なのか。

 盗賊はようやく俺の服を剥ぎ取り始める。口笛を吹きながら。

 服を剥ぎ取られて、俺はパンツ一丁になった。幸いだったのは、ブリーフではなくトランクスを穿いていたことだ。財布は盗らずに返してくれた。

「ハァハァハァハァ」

 盗賊は俺の汗が染み付いた服を自分の顔に押し付けて臭いを嗅いでいた。臭いフェチなのだろうか? 女に自分の服の臭いを嗅がれていると思うと、何だかそわそわするな。

「おい、女」

 俺は盗賊に呼びかけた。

「女じゃないよ。私にはちゃんとした名前があるんだよ。白樺歩美しらかばあゆみ。それが私の名前だよ」

 顔を服から放して、盗賊――白樺歩美は言った。

「そうか。すまない。で、歩美さん」

「ちょっと待って。何か言いたいことがあるんだろうけど、その前に坊やの名前を教えてくれるかな?」

「俺の名は 紫坂しざか尚人なおとだ」

しかし、パンツ一丁という格好で名前を名乗るのは、なかなか気恥ずかしいものだな。

「尚人、尚人、尚人……いい名前だね」

 歩美は三度も名前を復唱し、微笑んだ。

「それで言いたいことは何かな? 尚人」

「歩美……露出度が高い格好をしているのはなぜだ?」

 俺は歩美の目を見つめて言った。

「女盗賊=露出度が高いって勝手なイメージでこんな格好をしているんだ」

「寒くないのか?」

「正直に言うと、寒い。でも尚人も寒いでしょ?」

「まあな」

 歩美に服を剥ぎ取られているし、もちろん寒いに決まっている。

「女盗賊だけに限らずファンタジーに出てくる女性は露出度が高い気がする。全身を覆って防御力を挙げるべきだよね。まあ、防御力の設定値があるからそんなの関係ないけどさ。何かセクシーさに重点を置いている気がする」

「同感だ」

 セクシーさ何か必要ない。要は面白ければいいんだからな。

「それともう一つ言っておかなければならないことがある」

「何かな?」

「お前のことを好きになった」

「え? どうして?」

 歩美は驚いたように目を見開き、俺をじっと見つめた。

「理由としては笑顔がかわいいこと、身体をぺたぺたと触られてどきりとしたことがあげられる」

「……こういう場合、『人を好きになるのに理由なんているか』的なことを言うもんじゃないのかな?」

「そういうもんなのか? でもそれはおかしいだろう」

「おかしい? 何が?」

 歩美は不思議そうな表情をしている。なぜ、そんな表情をするのかさっぱりわからない。

「理由なくして人を好きになったりなどしない。人を好きになるということは何かしら理由がある。例えば、この人のたくましいところが好きとか気が利くところが好きという風にな」

「ああ、なるほど。尚人の言うとおりおかしいね」

「『人を好きになるのに理由なんているか』的なことを言う奴の好きは、うわべだけのもので本心からの好きではない」

 俺はパンツ一丁の格好で何を語ってるんだろうな。

「話を戻すが、歩美。返事を貰えないだろうか」

「いきなり、好きって言われても正直困る。考えさせて欲しい」

「わかった。いくらでも考えてくれてかまわない」

 歩美は戸惑いながらも、しっかりとうなずいた。

「尚人。これを渡しておくね」

 歩美はカードを差し出す。俺は歩美からカードを受け取る。

「このカードを使えば、いつでも私を呼び出すことができるんだ」

「いつでもか」

「それじゃあ、私帰るね。ばいばい」

 歩美は手を振ってきた。俺も手を振り返す。

 シュバッ、と音がして歩美の姿が消え、俺はサイコロを投げた。サイコロはコロコロと回転をしながら、地面へと落下する。地面を数回転がってサイコロは止まった。

 サイコロの目は三だった。

 俺は足を踏み出して一マス、ニマス、三マスと進んで足を止めた。視線を地面に下げて、文章を読んでいく。そこには『ニマス戻る』と書かれていた。戻るのか。

 俺はニマス戻って足を止めた。

 サイコロを投げた。


 ☆☆


 この国は最初からスゴロクというわけではなかった。

 そもそもの発端は今を遡ること約半年前。当時、日に日に犯罪が増加しつつあるわが国に危惧を抱いた国王が様々な改革を行なった。例えば法の見直し、警察官の増員、国民への協力の呼びかけ、しかし一時的には効果があるものの、根本的な解決には至らなかった。

 そこで考えに考えた国王は国民から案を募集することにした。

 その案は『犯罪者を集めて殺し合いをさせる』だの『犯罪者に賞金を賭ける』だの、はたまた『国民が犯罪者を捕まえると報奨金が出る』などが出されたのだが、どれもが一長一短であった。いや、中には逆に犯罪を助長させるような案まであった。

 そんな中、とうとう業を煮やした国王は、国民全てに監視をつけるという結論に至った。もちろん国民の大多数は反対の声を上げた。しかしだからといってそれに代わる良い案などもあろうはずがなく、またその頃には犯罪の増加はもうどうにもならないところまできていたのである。犯罪を減らすためには、なりふり構っていられないといったところであった。

 こうしてできたのが全国民の監視という新たな法律であった。警察官、そして国王の側近など、一部の人を除き、犯罪など犯しようがない乳幼児から善行だけで生きてきたような穏やかな老人に至るまで、その全てに監視用リングなるものが配られた。これは耳たぶの一部に穴をあけ、そこにリングを通すというものであった。これにより国民の情報は逐一国王並び警察上層部に送られる事となった。このリングは一度つけてしまうと簡単に取り外すことができないようになっており、仮に無理やり外そうと試みたなら、即近くにいる警察官に連絡がいくというものであった。

 しかしいくら監視されているとはいえ、それを承知で犯罪を犯すものがいたのもまた事実であった。それでも犯罪そのものは減少傾向にあったし、一時はこの試みは成功したかに思えた。が、今度は交通事故や自殺といったものが増えだしたのである。いつも監視されているというストレスが事故や自殺を生み出すのか、または犯罪者予備軍なるものが自暴自棄を起こすのか――結果、事故や自殺の後処理に大幅な人員を割かれた警察は、減少傾向にあった犯罪を取り締まるのに手がまわらなくなるという悪循環に陥ったのである。

 このことにより半ば自棄になった国王は何を思ったのか、国民の行動範囲にまで干渉しだしたのである。そのため全国民から自動車やオートバイ、自転車、はては三輪車といったものまでも取り上げてしまった。移動手段が徒歩だけになれば、少なくとも交通事故に関しては防げるであろうというわけだ。もうこの頃の国王は、犯罪を減らすためならば手段を選ばずといったところであった。そうして当時国王が愛してやまなかった遊び、スゴロクからヒントを得、国の全道路にマス目を描き、サイコロの出た数ずつしか移動できないという、バカみたいな法律を無理やり作ってしまった。

 マス目に止まって出現する人物は皆犯罪者だ。国王の意図どおりに協力した犯罪者にはきちんと給料も出る。そこで国王の命令の元、科学者総力をあげて小型のワープ装置が作られた。それにより、家とマスを行き来するのだ。

 効果のほどはてきめんだった。犯罪者には仕事が与えられることになり、また、マス目に書かれている文章が犯罪スレスレというか、犯罪そのものだったので逆に犯罪が減るという効果を生み出したのだ。

 どう考えてもサイコロを転がせない乳幼児や年寄りなどは免除された。

 徒歩で移動することが義務付けられているために、国王は国民から取り上げた自動車やバイクなどの乗り物を処分した。

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