第3話 一生懸命生きます

 その後、騒ぎを聞き駆けつけてきたお母様達をどう誤魔化すか迷った。

 とりあえず『このぬいぐるみから邪悪な気が……悪魔が棲み着いていて……ッ』というアイタタタな設定をぶち込んでどうにか納得させた。


 しかし今日のことが一生の恨みとなって断罪イベントの前にうっかり殺されたらたまらない。よって私はその後お母様に裁縫を教わって一人でチクチクぬいぐるみを縫い直した。

 虐めなくなって3日目になると体調が悪くなることに気づいたので、2日目辺りでエドウィン公爵邸に赴きぬいぐるみを渡した。

 すると意外にも笑顔でありがとうと言ってくれたので、どうやらまだ恨みは買っていないらしい。


 このまま虐めながらも将来断罪されるような恨みを買わずに過ごしたい。―――全てはバッドエンド回避のため!!


◆◇◆


 それからというもの、私は定期的にエドウィンを虐めた。

 一緒にお茶を飲もうと誘ったくせにエドウィンのお茶菓子を全てぶちまけたり、暗いところが苦手だというエドウィンを暗い部屋に閉じ込めたり。

 他にもエドウィンが嫌がりそうなことを見つけては実践していった。おかげで今も尚ピンピンしてるし神にも文句は言われていない。


 そして勿論そのままではバッドエンドまっしぐらなので、アフターフォローも忘れない。

 お茶菓子には毒が入ってる気がした! とか曖昧すぎることを言って後日お詫びにお菓子を焼いたし、閉じ込めたのは悪いやつから守る為! とかこれまた意味のわからないことを言い、一人にしてごめんなさいとエドウィンが泣き止むまで抱き締めた。


 このように下げて上げる、下げて上げるを繰り返した。これぞまさしく『プラマイゼロ作戦』。虐めた分好感度を上げてゼロ状態をキープする、というなんとも素晴らしい作戦だ。

 そしてその作戦が見事にハマり、どんなに虐めてもエドウィンが私を恨んでいる様子はなかった。




 そんなある日のことだった。いつの間にか愛称で呼び合う仲になった頃。ちゃんと2日に1回はエドを泣かせていたのに、突然具合が悪くなったのだ。

 昨日もしっかり泣かせた筈なのに……と不思議に思い、お見舞いに来てくれたエドに質問を投げ掛ける。


「あの、昨日は泣いていらっしゃらなかったのですか……?」

「ッ!」


 すると、エドはギクリと肩を揺らした。暫く逡巡したように視線を彷徨わせ、遠慮がちに口を開く。


「……キャディは僕を泣かせたいの?」

「ッ、」


 キャンディス、10のダメージ。

 なんだその聞き方は。私が危ない性癖の持ち主みたいじゃないか。別に私はサディストでもなんでもない。これは全て生きる為にやっていることなんだよッ!


「本気で泣かせたいというより……泣かせないと私の命が……」

「命!?」

「く、詳しいことは言えないのですけど……神様が……」

「神!?」

「いえ、なんでもありません」


 うん無理だわ。普通に考えて信じてもらえるわけがない。しかもこんなこと大真面目に言ったらそれこそ私がアイタタタじゃないか。


 すると何やら考え込むエド。


「仕組みはよくわからないけど……今キャディがこんな状態なのは僕が昨日泣かなかったせいってこと?」

「まあ、はい……そうなりますね」

「僕の、せい……」

「っい、いや、私もエドが泣いたと疑わなかったせいといいますか……」


 自分を責めようとするエドは心が優しすぎるのではないか。


「ダメなんだ、最近……キャディの虐めに優しさが隠れてることに気付いちゃったし、泣いた後はご褒美が待ってると思ったら嬉しくなっちゃって……」

「え?」


 すまん、声が小さくて何も聞こえんかった。


「でも僕が泣くまでは決して虐めをやめないことを知ってたから、つい嘘泣きを……」

「嘘泣き……」


 よし、今回はちゃんと聞こえたぞ。

 そうか。昨日のは嘘泣きだったのか……だから昨日のことはカウントされずに今こんな状態になってるんだな。


「僕が本気で泣かないとキャディは元気にならないの……?」

「そうですね」

「わかった。じゃあ1つ考えがあるんだ」

「考え……ですか?」

「うん。昔のようにただ虐められるだけじゃ泣けなくなっちゃったけど、コレだと効果抜群だと思う」


 エドは自信満々にそう言って、唇を私の耳に寄せた。


「え……本当に?」

「うん、ちょっと言ってみて。できれば心底軽蔑するような表情で」


 心底軽蔑するって……こんな感じかな。とりあえずエドに言われた通り口を開く。


「あなたのことなんて、大っ嫌い」

「……ッ」


 そう言い放つと、みるみるうちにエドの顔が歪んでいった。


「ううっ、酷い……キャディ、そんなこと言わないで」

「もう顔も見たくないわ」

「ううっ……ヒック」


 すると、ポタポタと流れてきた涙。

 おお、凄い。マジで泣いた。でもなんで私が『嫌い』って言っただけで泣くんだろう? よくわからないな。


 エドが泣き始めた途端、あっという間に体から鉛のような重さが消えていった。ゆっくりベッドから上半身を起こす。うん、なんともない。どうやら成功のようだ。


「キャディ、やだよ……ッ」

「……」

「僕を一人にしないでっ」

「エド、あの、」

「キャディ……ッ」


 それにしてもこの茶番いつまで続けるんだろうか。一向に泣き止む気配のないエド。

 え、それ演技じゃなかったの? ガチで悲しんで泣いてるの? 私に嫌われたと思って?


 おいおいおいおーい。どうしたらいいんだこの泣き虫。


「え、エド? 私はあなたのこと嫌いじゃないですよ?」

「……ほんと?」

「はい。お陰様ですっかり元気になりましたし」

「じゃあ……ん」


 とりあえず慰めようとエドをあやしていたら、彼は両手を広げたポーズのまま固まった。

 これは私が暗い部屋に閉じ込めた後、恐怖を拭い去ろうとやっていた行為に酷似している。


 つまりは……ハグをしろと。


「はい」

「へへ、キャディあったかい」


 そんなんで泣き止むなら、と黙って彼の懐に収まる。いつの間にか彼の方が身体が大きくなっていた。

 抱き締められながら、ふぅと安心したように溜息を吐く。


 ―――よし、これで今日も生き延びることができた。このままバッドエンド回避を目指そう!!

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