第2話 呪いをかけられました

 私はその日を境に生まれ変わった。もう自分の思い通りにならなくても怒鳴り散らさないし、言うことを聞かない使用人がいても勝手に解雇しない。そしてエドウィンにも出来るだけ優しくした。


 が、生まれ変わってから3日も経たないうちに、私の意識は突然プツリと切れた。


 ―――目を開けると、そこは桃源郷のような、天国のような、よくわからない場所だった。空はピンクで湖はオレンジ、パステルカラーの花畑に虹色の蝶々。

 ぼんやりとした頭を持ち上げると、誰かに肩をポンと叩かれた。


「やっほー」

「!?」


 そんな軽快なノリで現れたのは、自分より少し背の高い男の子。髪は紫と青と黄緑のグラデーションという、オーロラみたいな色だ。


「僕はオーロラ」


 名前もオーロラだった。続けて神だと名乗られたが、さすがにそんなこと信じられなくて猜疑心たっぷりの視線を向けていると……


「こう言えば信じてもらえるかな? 君をこの世界に転生させたのは僕だよ」

「!?」


 そうドヤ顔で告げられた。


「でさ〜君をここに呼び出したわけは……今とても困ってるからなんだ」

「というと?」

「この世界は僕が作ったんだけど〜キャラクターにはそれぞれの役割があるんだよ〜」

「はあ」

「君の役割は《悪役令嬢》。周りの人間を虐めてもらわないと困るの」

「あの、それはつまり私に死ねと言っているんですか?」

「うん、それが君の役目だからね」


 おっけー、とりあえず殴っていい?


「君は婚約者やヒロインを虐めまくって、恋のキューピッドになって、最後は断罪されるんだ!」


 そう満面の笑みで言い放った神。そんな神に私もニッコリと笑みを向ける。


「い や で す」


 ふっざけんなこの野郎! そんな道楽如きで私を殺す気か!? 神だからってなんでもしていいわけじゃないからな!? 


「それは困るな〜」


 するとさっきより少しだけ真剣みを帯びた表情をした神。

 暫く何かを考え込んだ神は、いきなりパチン! と指を鳴らした。


「じゃあこうしよう。君には呪いをかけてあげる。3日連続でエドウィンを虐めないと死ぬ呪い。4日目になった瞬間君の心臓は止まる」


 さも閃いた! というようにキャッキャと喜んでいる神。もとい紙クズ野郎。


 いや何言ってんのコイツ? 正気か?

 エドウィンを虐めないと死ぬ呪い? 冗談だよね? さすがにそこまで極悪非道じゃ――


「はい、かーけたっと。じゃあこれからはちゃんと《悪役令嬢》頑張ってね。……死にたくなかったら」


 そう言い残しシュン! と消えたオーロラ色。

 ……は? 何が起きた? マジで呪いかけられたの? 嘘でしょ?




「誰か嘘だと言ってえええ!!」

「お嬢様!」

「キャディ無事なの!?」


 ハッと目が覚めた。

 身体を起こすと、左側に医者らしき人がいて、右には私の手を握っているお母様。そのお母様に寄り添うようにしてお父様が立っていた。


「2日も目を覚まさないから心配したわ……」

「!?」


 え、てことは今日が3日目……?

 その時どっと降り注いだ倦怠感。これは高熱を出した時の感覚に似てる。いや、それ以上に辛い気がする。もしかしたらこのまま死んでしまうのではないかと錯覚するほど――


「旦那様、奥様! エドウィン・ローランド様がお嬢様のお見舞いにいらしてますがどうしたら……」


 寝室の扉が開き、そんなメイドの声がした途端私はベッドから飛び出していた。

 ただひたすら1つの切なる願望を胸に宿し長い廊下を駆け抜ける。


 ――死にたくない、死にたくない、死にたくないっ!!


「キャ、キャンディス! 倒れたと聞いて……」

「エド、ウィン様っ」


 エントランスホールに着いた頃には、私の身体は既にボロボロだった。今にも倒れそうな足を必死に奮い立たせてエドウィンに近付く。

 でも虐めるっていってもどうすれば……!


『とりあえず、泣かせてよ』


 すると、何処からともなく声が聞こえた。耳からっていうより、頭の中に直接響いてくる? この声は……


『見事虐めて泣かせることができたら、殺さないであげる』


 やっぱり! クソ野郎の紙クズ!

 今にも恨みつらみを叫び出したいのを全力で堪えて頭を回転させる。


 改めてエドウィンを見ると、大事そうにウサギのぬいぐるみを抱えている。確かお母様からのプレゼントだって言っていたな。


 ……よし、これしかない。


「エ、エドウィン様、そのぬいぐるみ貸してください」

「えっ、でもこれは、お母様の……」

「いいから貸せって言ってんでしょうがああ!!」


 予想に反して渋りやがったので無理やり強奪すると、半泣きになりながらぬいぐるみを手放してくれた。

 おお、さすがだ。もう今にも泣きそう。あと一息だな。そう思い一気に手に力を込める。


 ―――ブチブチブチッ!!


「ううっ……うえええんっ」


 ぬいぐるみが千切れる音と、小さな少年の泣き声。

 それを聞いた瞬間、ふわあ〜と今までが嘘みたいに体が軽くなる。

 た、助かったああ。一時はどうなるかと思ったよ。エドウィン様マジありがとう! 


 と、そこであることに思い至る。

 あれ待てよ? これじゃあなんの解決にもなってなくない!? ゲーム内のキャンディスとやってること同じじゃん!

 最悪だ、まんまと神に乗せられた。 全然バッドエンドから逃げれてないよ!


「僕のうさちゃん……破れっ……うえええんっ」


 よし、もうこれしかない。

 私は覚悟を決め、分厚いドレスをなんとか掻き分けてふかふか絨毯に座した。そのまま床目掛けて勢いよく頭を下げる。


「エドウィン様あああ申し訳ありませんでしたあああ!!」


 どうだこの見事なまでの土下座! 恐れ入ったかあああ!


「ッ? キャ、キャンディス? 何してるの……?」


 うん、まあ日本の文化なんて知るわけないよね。兎にも角にも泣き止んでくれてよかった。

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