第三章:Princess in the Labyrinth/02
――――
美雪にとっては敬愛する師であり、そして遥にとっては……来栖美弥にとっては、掛け替えのない親友。そんな彼女が、何処からともなく二人の前に姿を現していた。
赤い革ジャケットを羽織った彼女の、同じく赤い髪……ポニーテールに結った髪が風に吹かれて小さく揺れている。
そんな赤い前髪の下、サファイアの瞳が……右の目元に刀傷が薄く縦に走る、そんな彼女の瞳が遥をじっと見つめていた。まるで、昔懐かしい誰かを見つめているかのように。
「この街にお前が現れた時点で、もしやと思っていたが……本当に、記憶が戻ったんだな」
手にしていた古いハーモニカを懐に収めつつ、飛鷹はそんな懐かしむような視線で遥を見つめながら、彼女にそう語りかけてくる。
それに対し、遥は「ええ」と頷き肯定した後、こう言葉を続けた。
「ですが、先程も言った通り……この状態がいつまで持つか、私自身でさえ分かりません。果たしてこのままなのか、それともまた記憶を失ってしまうのか」
続けて遥がそう言うと、飛鷹はフッと小さく笑い。
「何にしても――――おかえり、美弥」
と、優しげな声音で呟き……そっと、遥に微笑みかけた。
「…………はい。久しぶりですね、飛鷹」
そんな彼女に対し、遥もまた微笑みを返す。
そうして二人で微笑み合っている中、ふとした折に遥は飛鷹の顔にある違和感を覚えていた。
――――彼女の右眼にある、薄い刀傷に。
「! 飛鷹、その右眼……」
彼女の右眼に走る刀傷に気が付けば、遥はハッとして言う。
すると飛鷹は「ん? ああ、この傷のことか」と言い、指先で……黒革の指ぬきグローブに包まれた右手でそっと目元の傷を撫でる。
「もしかして、あの時……私を逃がすために」
「一応は、そういうことになるか」
遥の問いかけに飛鷹はコクリと頷き、
「……その通りだ、美弥。あの後、私はバエル・バンディットと……
と、傷跡を撫でながら――――遠い過去を思い起こすかのように、ポツリと小さく呟くように答えていた。
「……ごめんなさい、私のせいで」
「お前の詫びることじゃないさ、私が好きでやったことだ。言っただろう? 私は不死身だ」
申し訳なさそうな顔をする遥に近寄り、フッと微笑みながら飛鷹はポンっと彼女の肩を叩く。
「それより美弥、行くアテはあるのか?」
そうすれば、飛鷹は遥にそんなことを問うていた。
だが遥は答えようとせず、飛鷹から目を逸らして押し黙る。
そんな彼女の態度を見て、色々と察した飛鷹はやれやれと呆れたように肩を竦め。そうすれば遥に「だったら、私のところに来い」と言った。
「……しかし」
「別にずっと居ろってワケじゃない。あくまで旅の宿代わりに使えばいいだけの話だ。それに……お互い、積もる話もあるだろう?」
遠慮気味な遥だったが、しかし飛鷹が諭すようにそう言うと。すると遥も納得したのか、コクリと頷きながら「……飛鷹が良ければ、私は」と、飛鷹の家に厄介になることを了承する。
「…………」
そんな風に遥がコクリと頷く傍ら、話の輪に一人入れずじまいだった美雪は微妙な表情を浮かべていて。飛鷹はそんな彼女を「美雪、お前も来い」と手招きをする。
「はっ、はい!」
慌てて飛鷹の元に駆け寄ってくる美雪。飛鷹はそんな彼女の顔を小さく見下ろすと、彼女に……やはり諭すような口調で、こう語りかけていた。
「美雪、これでよく分かっただろう? 美弥がどれだけ強い神姫なのか」
「……はい」
そんな今の彼女は、まるで叱られている子供のようで。飛鷹はそんな様子の美雪を見下ろしながら、フッと小さく笑うと……続けて彼女にこう言っていた。
「それに、お前はひとつ勘違いをしている」
「勘違い……ですか?」
首を傾げて見上げてくる美雪に、飛鷹は「ああ」と頷き返し。
「私は今でも十分に、お前を認めているさ」
と、美雪の頭を撫でながらそう、彼女に告げていた。
「師匠……!」
とすれば、美雪は今までの暗い顔はどこ吹く風。ぱぁっと顔を明るくすれば、嬉しそうに飛鷹の顔を見上げる。
今の美雪に尻尾が付いていたとしたら、きっとフリフリと激しく左右に揺れていることだろう。それぐらいに嬉しそうな顔を浮かべる目の前の弟子に、飛鷹はまたやれやれ、と呆れっぽく肩を竦め。そうすれば、続けて美雪にこんな言葉を投げかけていた。
「別に無理に仲良くしろとは言わん。だが、そう敵視する必要もあるまいて」
「それは……えっと、努力します」
「……やれやれだ」
――――まるで、昔の瑠衣そっくりの頑固さだな。
目の前の弟子と、かつての仲間との面影を重ねつつ。飛鷹は大きく肩を竦めると、傍に立っていた遥の方に向き直り。じっと自分を見つめる彼女に「とにかく、付いて来い」と言った。
(第三章『Princess in the Labyrinth』了)
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