エピローグ:雨の奏でる詩、永遠の祈りを込めて/02
――――ある、雨の降る夕刻。
戒斗はいつものように私立・
だが、今日乗ってきたのは乗り慣れた相棒、あのオレンジ色のZ33型、二〇〇三年式の日産・フェアレディZではない。ビニール傘を差してアンジェを待つ戒斗の傍にあるのは、ステルス戦闘機のような蒼い機影――――二〇二一年式のC8型シボレー・コルベット・スティングレイ、即ちガーランドだった。
ヴァルキュリアXGの戦闘支援ビークルであるガーランドを、何故こんなプライベートな目的で使っているのか。
その辺りはちょっと込み入った事情があるのだが……まあ、説明は後にしよう。
「カイトーっ」
降り注ぐ雨がビニール傘を叩くささやかな音色を楽しみながら、戒斗が待っていると。やがてそんな声とともに、アンジェが校門の向こう側から姿を見せてくれた。
傍には例によってセラの姿もある。傘を差しながら、二人仲良く並んでこっちに歩いてきていた。
「おかえり、アンジェ」
「ん、ただいまーカイトっ」
駆け寄ってきたアンジェを、戒斗は穏やかな微笑みとともに出迎える。
そうすれば、一緒に歩み寄ってきたセラが戒斗を……正確にはその後ろに停まっているガーランドを見て、何とも言えない微妙な顔を浮かべながらこう言う。
「……アンタ、それで来たの?」
怪訝そうに問うセラに、戒斗は肩を竦めながらこう答えた。
「先生が乗ってけ乗ってけってうるさくってな……仕方なしに今日はコイツなんだ」
――――戦闘支援ビークルであるはずのガーランドを、プライベートな用途で使っている理由。
それはひとえに、有紀が彼に乗れとくどいぐらいに言ったが故のことだ。
有紀からしてみれば、今後相棒として付き合っていくガーランドと親交を深めて欲しいとか、そもそもの機体特性に慣れて欲しいとか、そういった意図があるのだが……しかし戒斗の側からしてみれば勘弁して欲しい話だ。
とはいえ、断るに断れない。だからこそ戒斗は今日に限って乗り慣れた愛機ではなく、この真新しいスーパー・マシーン、C8コルベットの形をしたナイトライダーも同義な、このガーランドでアンジェを迎えに来ていたのだった。
「あー……そういう。アンタも大変ね」
「全くだ。先生に会ったら文句のひとつでも言っといてくれ」
「ふふっ、分かったわ。気が向いたら言っといてあげる」
セラとそんな会話を交わしつつ、戒斗はアンジェを助手席に乗せてやる。
左ハンドルのアメ車だから、普段のZとは少し勝手が違うが……まあ、普段と左右が違うだけでやることは一緒だ。ドアを開けてやり、傘を畳んだ彼女が助手席に乗ったのを確認してからドアを閉める。それだけの話だ。
「んじゃあセラ、またな」
「ええ、またね戒斗。それにアンジェも」
そうしてアンジェを乗せた後でセラに別れを告げ、戒斗は自分もガーランドの運転席に乗り込む。
『お帰りなさい。今日もお綺麗ですね』
「えへへー、ありがとー。えっと、君は確か……」
『私の名はガーランドです。以後お見知りおきを、マドモアゼル』
「そうそう、ガーランドだね。よろしくっ」
運転席に乗り込めば、何やらガーランドがアンジェと話している最中だった。
「ったく……ガーランド、俺には気の利いた台詞ひとつも言えないのか?」
そんな風に調子のいい言葉を並べるガーランドに対し、戒斗は呆れ切った様子で皮肉を口にするが。
『肯定です。彼女のようにお美しい女性ならさておき、男相手にそういった台詞をご用意する機能も、趣味もございませんので』
しかしガーランドはそんな戒斗に対し、更なる皮肉で応じてきた。
「要らねえことばっかり口が回りやがる……先生は一体何考えて作ったんだ?」
『ドクター本人も仰っていましたよ。製作者の顔が見てみたいと』
「一応訊くが、なんて答えたんだ?」
『バニティミラーがございますから、そちらをお使いください、とだけ』
「…………本当に一言余計だな、お前は」
生みの親である有紀以上の皮肉屋なガーランドに辟易しつつ、戒斗は大きく肩を竦める。
そんな二人……二人というか、一人と一台か。とにかくそんな風な戒斗とガーランドのやり取りを横から見つめながら「あはは……」と苦笑いをしていたアンジェは、ふとした時にこんなことを戒斗に呟いていた。
「……カイト、もう大丈夫なんだよね?」
それに戒斗は「……ああ」と答える。
「心配は要らない。もう怪我も治ったしな。アンジェ、心配掛けて悪かったな……」
「ううん、そんなことないよ。カイトが無事なら、それでいいんだ」
アンジェはコクリ、と小さく頷くと、そのままグッと身を乗り出し……自分の顔を、戒斗の顔のすぐ傍にまで近づける。
「アンジェ……?」
戒斗が戸惑っていると、アンジェはそのまま彼の首に両手を回し。自分の方に引き寄せ……ぎゅっと彼を抱き締めた。
「…………良かった、無事で」
そうすれば、戸惑う彼を抱き締めたまま……アンジェは彼の耳元でポツリ、とそう呟く。
僅かに涙声が混ざったようなその声を間近で聞き、戒斗はスッと目を細めると……彼女の身体を、黙って抱き返した。
「……ごめんな、心配掛けて」
「ううん、良いんだ。君が無事なら、君が生きてさえいてくれれば……僕はそれで構わない」
「…………アンジェ、俺は君を」
――――俺は君のことを、愛している。
何気なく、そう伝えようとした戒斗の言葉を。しかしアンジェは彼の唇にスッと人差し指を押し当てて止めてしまう。
「だめ、僕に言わせて」
すると、アンジェは彼の顔をすぐ傍でじっと見つめながら……ほんの僅かに頬を朱に染めて。でもアイオライトの瞳から注ぐ視線は逸らすことなく、真っ直ぐに彼を見据えながら――――彼に伝える。今まで伝えようとして、でも伝えられなかった……そんな気持ちを。
「僕は、カイトのことが大好き。誰よりも何よりも、君だけを愛してる」
「……俺も、同じ気持ちだ。俺も、アンジェのことを誰よりも、何よりも……ずっと昔から、愛してた」
「ふふっ……知ってたよ、ずっと昔から」
「君と一緒に、生きてもいいのか? 俺が……君と二人で、明日を」
「良いに決まってるよ。ううん、君じゃないと嫌だ。僕の隣を歩くのは、僕と明日を生きるのは……君じゃないと、駄目なんだ」
言って、アンジェは自分の胸に戒斗を抱き寄せた。
そうすれば、そっと彼の頭を撫でる。まるで赤子をあやすように、優しく、穏やかな手つきで。
「言葉だけじゃ、表現するには、この気持ちを伝えるには足りないけれど。でも……だからこそ、言わせてね。大好きだよ、カイト。ずっとずっと、君を愛してる……」
「……ありがとう、アンジェ」
「それはこっちの台詞だよ。君が傍に居てくれるから、僕は僕で居られるんだ」
「……アンジェが手を引いてくれるから、俺は歩いていられる。アンジェがすぐ傍で支えてくれているから、道を照らしてくれているから……俺は、生きていられるんだ」
そうして抱き締められながら、彼女の胸の中で……戒斗は呟く。ふわふわとした安心感に包まれながら、ありのままの気持ちを彼女に伝えようとして。
「僕もだよ。カイトが居るから、僕はここにいる。君を守りたいと願ったから……僕は、神姫の力を手に入れることができた」
「……うん」
「君が僕を必要としてくれているように、僕も君が必要なんだ。だから……これからも、ずっと一緒に居て欲しいな」
「…………うん」
「大丈夫、君は僕が守るから。だから……一緒に歩いていこう? 僕と二人で、明日を」
「……アンジェとなら、何処へだって」
「ん、いい子だね……」
赤子を褒めるように囁き、戒斗の頭をそっと撫でると。そうすればアンジェは彼の頬に両手を添え……そっと、口付けを交わした。
それは、二度目の口付け。互いに誓いを立てる、そんな口付けだった。
一度目の口付けは、神姫に覚醒したあの日。何があっても守り抜くと誓った、あの日の口付け。
そして、二度目は今日。ずっと隣で、二人で歩いていくと誓った……そんな口付けだった。
「……雨の音、綺麗だね」
「…………うん」
「本当に落ち着く、綺麗な音だ……。いつまでも聞いていたいけれど、でもそろそろ行かなくっちゃね。じゃあカイト、お願いできるかな?」
「……そう、だな。そろそろ行かなくちゃな」
「じゃあ、行こっか」
最後にそっとアンジェに頭を撫でて貰い、微笑みを交わし合い。二人は身体を放し、アンジェは助手席のシートに身体を沈め。そして戒斗は漸くステアリングに手を添える。
『今のやり取り、録画しておいた方が良かったですか?』
「黙ってろ、このポンコツ」
「あはは……」
とすれば――――今まで空気を読んで黙っていたのか、沈黙を保っていたガーランドが途端に余計なことを言うから、戒斗はそれに参ったような顔で返し。隣ではアンジェが苦笑いを、でも何処か楽しそうに浮かべていた。
『失礼しました。……ですが、分かった気がします』
するとガーランドは薄っぺらな謝罪の後、ポツリとそんな言葉を漏らす。
それに戒斗が「分かったって、何がだ?」と問うと、ガーランドはこう答えた。
『ドクターが貴方をVシステムの装着員に、そして私のマスターに選んだ理由です。そして……アンジェリーヌ・リュミエール、貴女も含めて、ドクターがああも信頼を置く理由が』
「アンジェでいいよ、ガーランド」
『では、以降はアンジェと』
「それで……どういうことだ?」
『貴方とアンジェならば、私やXG、そして神姫の力を誰よりも正しく扱えると……私は、そう感じました』
「……そっか」
「よく分からんが……褒めてるのは間違いないな」
『私は機械ですから、分からないこともあります。ですが……これだけは断言できます。カイト、そしてアンジェ。貴方たち二人こそ、私のマスターに相応しい』
「ふふっ、ありがとガーランド」
「……今のは額面通りに受け取っとくぜ、ガーランド」
『そうしてください、マスター』
「というか、アンジェもお前のマスター扱いなのか?」
きょとんとした戒斗の問いかけにガーランドは『ええ』と肯定の意を示し、
『カイト、貴方がアンジェを心から愛するというのなら、アンジェもまた私にとってのマスターなのです』
と、微妙に意味の分からない理由を彼に説明した。
「んん……?」
「あはは。まあまあ、その辺にしておいてさ。カイト、それにガーランドも。とりあえず……帰ろっか?」
『イエス・ユア・マジェスティ。ご自宅でよろしいですか?』
「うん、お願いねー」
『承知致しました。では安全運転でお送り致します』
「……なんか、アンジェだけ扱い違くねえ?」
アンジェに対してだけは妙に丁寧なガーランドの態度に戒斗が首を傾げ、それにアンジェが「まあまあ、いいじゃん♪」と上機嫌に微笑む中。ガーランドは独りでに発進し、学園の校門前から走り出す。
しめやかな雨が降る中、ボディを叩く雨音を聴きながら……運転はガーランドに任せたまま、二人はシートに深く身を委ねる。
そうすれば、センターコンソールの上。そこに預けた手と手を、二人はいつしか自然と握り合っていた。互いの鼓動を、体温を……存在を感じながら、共に明日へ歩いていこうと……そう、誓い合うかのように。
「……僕は、ずっと君の傍にいるからね。誰よりも近くに、誰よりも傍に。優しすぎる君が、安心して眠れるように。優しすぎる君が、ずっと笑っていられるように。明日も明後日も、その先の未来も。いつまでも僕が、君を守ってみせるから――――――」
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