第十六章:貫き通す、愛を賭したこの拳で
第十六章:貫き通す、愛を賭したこの拳で
コンテナヤードを飛び出した戒斗はそのままガーランドで公道に繰り出し、群れなす他車を右へ左へとスラロームすることで巧みに避けながら、逃げたチーターとそれを追うアンジェを追って、法外とかいう次元を超えた猛スピードで突っ走る。
『マスターは中々のテクニックをお持ちのようですね』
そんな戒斗の巧みなステアリング捌きを見て、ガーランドが無機質な合成音声でそう褒めてくる。
戒斗はそれに「ありがとよ」と返しつつ、
「大体、そのマスターって呼び方は何なんだ?」
と、さっきから気になっていた疑問をガーランドにぶつけてみた。
『マスターはマスターです。私はヴァルキュリアXGの戦闘支援ビークルとして造られた存在。即ちXGの装着者である貴方は、私にとってのマスターなのです』
「にしたって、マスターってのはな……どうにもむず痒くて仕方ないんだが」
『でしたら、お好みの呼び方に変更も出来ますよ?』
「どんなだ?」
『例を挙げるなら……ご主人様など。古風な言い回しがお好きでしたら
「…………マスターのままでいい。訊いた俺が馬鹿だった」
ガーランドの皮肉という次元を超えた皮肉に肩を竦めつつ、戒斗は疲れたようにそう言う。
どうやらこの人工知能、戒斗が想像していたより遙かに高度な知生体で……同時に、超が付くほどの皮肉屋な性格らしい。
生みの親があの篠宮有紀、皮肉という概念に足が生えて歩いているような存在だから、ある意味で納得といえば納得だが……なんというか、下手な人間よりも癖が強い。類は友を呼ぶではないが、どうやら戒斗は癖の強い人間を寄せ付ける体質のようだ。
――――尤も、ガーランドは人間ではなく機械なのだが。
『前方、そろそろ追いつきます』
「っ……!」
そんな間の抜けた会話を交わしている内に、何だかんだと二人……もとい、一人と一台はチーター・バンディットに追いついていた。
公道を超高速で疾走し逃げるチーターと、その後を追うアンジェの背中がフロント・ウィンドウ越しに戒斗の眼に映る。
「畜生、このままじゃ逃げられる……!」
だが、やはりチーターの方が速かった。
アンジェも全力の超加速を行使しているし、戒斗とガーランドも限界ギリギリのフルスロットルで駆け抜けている。
しかし、それでもギリギリ追いつけないぐらいにはチーターの方が速かったのだ。
少しずつではあるが、アンジェとの距離も開いてきている。このままでは、いずれ逃げられてしまう……!
『でしたら、こちらをお使いください』
だからこそ戒斗は焦っていたのだが、そんな彼にガーランドが言った瞬間……戒斗の右側、助手席側のダッシュボードが独りでに開いた。
何かと思って戒斗がチラリと見てみると……どうやらそこは武器ケースになっているらしく。何やら見慣れないライフルが姿を現していた。
「これは?」
『XGR‐1、アガートラーム試作型ガウスライフルです。貴方が着装されているヴァルキュリアXGと並行する形で開発された……要はコイルガンの一種です』
「威力は?」
『最高ですね』
「よし……運転は任せられるよな?」
『無論です。私が運転を代わりましょう』
「頼んだ、ガーランド」
『イエス・マイロード。アイ・ハヴ・コントロール』
ガーランドが了承の意を戒斗に告げれば、彼の頭上……屋根の部分が後ろにスライドして解放される。
言ってしまえば、オープンカーになったのだ。
ミッドシップのエンジン配置の為に後ろは開かず、頭上だけが開いたこの形は……厳密に言えばタルガトップと呼ばれる格好なのだが。何にしても、これで楽に身を乗り出せるようになった。
ガーランドの原型たるC8型コルベットもまたタルガトップで、本来なら屋根を手で取り外す仕組みなのだが……まあ、有紀が上手く改造したのだろう。この辺りは深く気にする必要もない。
状況が状況でもあるし、何よりガーランドは喋る車だ。根本から意味の分からない存在、深く考えても無駄だと思いながら……戒斗はダッシュボードの武器ケースに収められた新型ライフル、XGR‐1アガートラーム試作型ガウスライフルを手に、開いた屋根から身を乗り出す。
――――XGR‐1、アガートラーム試作型ガウスライフル。
今まさにガーランドが説明した通り、ヴァルキュリアXG用の新型ライフルだ。
仕組み的にはレールガンとは少し違うのだが……まあ、電磁加速を用いるエレクトリックな銃であることは変わりない。その威力は折り紙付きだ。
戒斗はそんなアガートラームの銃把を左手で握り締めると、ガーランドから身を乗り出した格好で構える。
「俺が奴の動きを止める! その後で……決めるぜ、アンジェ!!」
「……! うん、分かったよ!!」
先を行くアンジェに叫び、頷き合った後。戒斗は構えたアガートラームのセンサースコープと、ヴァルキュリアXGのFCS……火器管制装置とをリンクさせ、逃げるチーター・バンディットの背中に狙いを定める。
――――ロックオン。
戒斗の視界の中、チーターの背中に重なるターゲット・ボックスが赤色に切り替わった瞬間――――戒斗はアガートラームの引鉄を絞った。
――――雷鳴。
地鳴りがするんじゃないかってぐらいの雄叫びを上げ、銃口から迸る電流の残滓を瞬かせるアガートラームの発砲音は、まさに雷鳴と喩えるに相応しく。そして飛翔する弾体の速度もまた、稲妻のような常軌を逸した速さで。音速を軽く超えた速度で飛翔した弾体は、瞬きする間にチーターの……その背中に激突していた。
「グルルルル――――ッ!?」
アガートラームの一撃が激突した瞬間、背中から物凄い火花を上げたチーターはそのまま前のめりに転倒する。
漏れ出る苦悶の声は、手痛い一撃を与えられたことを告げていて。一撃で撃破とまではいかなかったものの……しかし、戒斗が用いたアガートラームでの一撃は、明らかにチーターに対して致命傷を与えていた。
倒れた後、よろめきながら立ち上がるチーター・バンディット。振り向いたそんなチーターの目の前にアンジェ、そして戒斗を乗せたガーランドが横滑りしながら派手に停まる。
『ガングニールの予備ならこちらに。チェック・メイトにはこちらが最適でしょう』
「気が利くな」
停まった後、ガーランドはガシャンとセンターコンソールの蓋を開き。そこに収められていたガングニール・パイルバンカーの予備を戒斗に使えと提案する。
アガートラームをダッシュボードの武器ケースに戻した戒斗はそれを受け取ると、ガーランドを降り。アンジェの隣へと歩み寄る。
「行こうぜ、アンジェ」
「うん……! 君と僕、二人でなら何だって出来る……!!」
傍らに立つ彼と頷き合いながら、アンジェはその場で威力特化形態・スカーレットフォームにフォームチェンジ。両腕に格闘戦用大型ガントレット『スカーレット・フィスト』を出現させ、グッと拳を握り締める。
その横では戒斗が、ガーランドから受け取った予備のガングニールを左腕に装着。彼もまたグッと拳を強く握り締めていた。
「一撃入魂……!叩き付ける、全速力でッ!!」
戒斗ともに駆け出しながら、アンジェは右の拳……スカーレット・フィストに包まれた右拳に昂ぶる感情を乗せ、腹の底からの雄叫びを上げる。
隣り合う彼とともに走りながら、胸の奥底で強く気を練り。心の奥底に秘めた思いを高め……それを真っ直ぐに、全速力で叩き付けるべく、その全てを右の拳に乗せていく。
何処までも高まっていく胸の鼓動、静まりゆく心。胸はこれほどまでに熱く高ぶっているのに、この拳は何処までも熱く燃え滾っているというのに。なのに……心は不思議なぐらいに穏やかで、落ち着いていた。
「だぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」
そして、練りに寝られた気の高まりが、昂ぶる感情が最高潮に達し。明鏡止水の極致が如く究極までに心が落ち着いた瞬間、アンジェは腰部スラスターに点火。左腕のバンカーを振りかぶる彼とともに、更に勢いを付けながらチーター・バンディットの懐に飛び込んでいく。
拳を叩き付ける先は、ただひとつ。目の前で千鳥足を踏むチーター・バンディット、その重すぎる罪を裁くために――――貫く、二人の拳で!!
「僕の……僕たちの覚悟!!」
アンジェのスカーレット・フィストに包まれた右拳が、深紅の焔に包まれる。
「撃ち抜く……! 受け止められるものなら――――!!」
戒斗の左腕、装着されたガングニール・パイルバンカーが唸りを上げ、撃発体制を整える。
「「受け止めてみせろぉぉぉぉ――――――ッ!!」」
そして――――アンジェの右拳と戒斗の左拳、二人の拳が同時にチーター・バンディットの胸に叩き付けられた。
燃え滾る強烈なエネルギーの奔流が、撃ち出された鉄杭がチーターの身体を食い破り、瞬時に内側へと到達する。
そうすれば、アンジェが叩き付けた猛烈なエネルギーが暴走し。戒斗のガングニールから放たれた鉄杭もまた体内で炸裂すれば、二人の熱く滾る感情を込めた一撃がチーター・バンディットの身体を同時に内側から爆裂させる。
弾けた戒斗の鉄杭が肉を裂き、それをアンジェの暴れ狂うエネルギーの奔流が一瞬の内に焼き尽くす。
そんな二人の一撃をマトモに受けてしまえば――――最早死に体だったチーター・バンディットの行き着く先は、ただひとつ。
「グ、グルルルルゥゥゥゥ――――――ッ!!」
内側から身体を焼き尽くされたチーターは、断末魔の雄叫びとともに内側から爆裂し……二人の姿をも覆い隠すほどの大爆発の中に散っていく。
――――『スカーレット・デュアルエグゼキュート』。
神姫ヴァーミリオン・ミラージュは威力特化形態スカーレットフォーム、その必殺技に戒斗の一撃を加えた合体攻撃だ。
心を通じ合わせた二人の放つ一撃は、どれだけ高い壁でも、どれだけ分厚い壁でも打ち砕く。その未来を、共に生きる明日を信じる限り……共に生きる未来を諦めない限り、その拳に限界はない。未来を切り拓く勇者の拳に、限界なんてものはない。
そんな一撃を叩き付け、大爆発の中に散っていたチーター・バンディットとともに爆炎の中に消えていった二人。
だが――――――心配など無用。共に戦い、共に生きる誓いを立てた二人なのだから。
「…………」
ゆらりゆらりと陽炎揺れる中、アンジェリーヌ・リュミエールと戦部戒斗……神姫ヴァーミリオン・ミラージュとヴァルキュリアXGの姿が、激しく燃え盛る爆炎の向こうから現れる。
アンジェは両手のスカーレット・フィストを煌めかせ、そして戒斗は真っ赤な眼を揺らしながら……二人並んで、ゆっくりと炎の中から現れる。
これこそが、二人の戦い。これこそが、未来を切り拓く覚悟を決めた二人の、何処までも真っ直ぐな戦いなのだ。
「これが、僕たちの――――――」
「――――――俺たちの、覚悟だ!!」
(第十六章『貫き通す、愛を賭したこの拳で』了)
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