第七章:身体は傷付き心は手折られ、それでも…………。/01
第七章:身体は傷付き心は手折られ、それでも…………。
また別のある日、戒斗の病室には珍しく石神が来てくれていた。
「邪魔をするぞ」
ガラリと引き戸を開け、入ってくるマッチョで長身な見慣れた男――――P.C.C.S総司令官、石神時三郎。
今日も今日とて見慣れた格好、袖を折って襟元を緩めたカッターシャツにスーツパンツといったラフな組み合わせでのご登場だ。彫りが深くて厳つい顔によく似合うオールバックの茶髪は、いつもより多少艶があるようにも見えてしまう。
「司令まで……わざわざ申し訳ないな」
見舞いのためにやって来てくれたそんな石神を見て、戒斗が恐縮する。
そんな彼に石神は「気にするな」と爽やかな笑顔で返し、続けてこんなことも言う。
「実は、来る前に本部でアンジェくんに会ってな。君に渡しておいて欲しいと、彼女から預かっている物もあるんだ」
と言って、石神は傍らに抱えていた袋の中から……ゴツい石神にはあんまりにも似つかわしくない、可愛らしい弁当箱の包みをひょいと差し出してきた。
当然、それはアンジェの手作り弁当だ。
「アンジェ……」
それを受け取り、包みを解いた戒斗は彼女の愛情に、アンジェの気持ちに表情を綻ばせつつ……早速それに手を付け始める。
「怪我人にどうかとも思ったが、君もまだ若いからな。食べ盛りの年頃、病院食だけじゃ足りんだろう」
「まさに食い足りなかったところだ。アンジェに助かったって伝えておいてくれ、司令」
「はっはっは、それは自分の口から伝えてくれよ。アンジェくんも用事が済んだらこっちに来ると言っていた。その弁当箱も、その時に回収するそうだ」
「……何というか、司令。アンタにまで……本当にすまないな」
戒斗が座るベッド脇、そこの長椅子に腰掛けて楽しげに高笑いをする石神に、戒斗はアンジェお手製の弁当を食べながら……改めて、恐縮するようにそう呟く。
すると石神は「さっきも言ったが、気にするな」と優しげな顔で彼に言って、
「Vシステムの件もそうだ。アレは単なる作戦行動中の破損に過ぎない。まあ……多少は独断専行が過ぎる節もあったが、あの程度はセラくんのことを思えば許容範囲内だ」
と、ある種のフォローじみたことを……戒斗を気遣う心から、石神は彼に言っていた。
「セラ、そんなに酷いのか?」
石神が言ってくれたフォローの言葉、その最後が気になって戒斗が何気なしに問うてみると、すると石神は「それはもう、な」と苦笑いを浮かべる。
「今は随分マシになった方だが、昔はもう……な。独断専行に命令違反は当たり前で、それは苦労させられたものだ」
「……想像できるな」
「ま、君たちの無茶をフォローするのも司令官たる俺の仕事だ」
同じく苦笑いを浮かべる戒斗に対し、石神は小さく肩を揺らしながらそんなことをうそぶいてみせる。
すると、戒斗はまた申し訳なさそうな顔で「……すまない、苦労ばかりを掛けて」と言うから、石神もまた「だから、気にするな」と改めて彼に言う。
そうすれば、石神は続けてこんなことも戒斗に言っていた。
「責任者ってのはな戒斗くん、イザって時に責任を取るために居るんだ。君らの無茶をフォローするのも、後始末をするのも、その責任を取るのも……全部、責任者たる俺の仕事だ。だから気にする必要はないさ」
「…………アンタらしい言葉だよ、司令」
フッと小さく笑む戒斗に、石神も「はっはっは」と満足げな高笑いをしてみせる。
そうして二人で笑いあった後、石神は戒斗に改めて質問を投げかけた。見舞いに来たのならある意味で当然な、そんな質問を。
「ところで戒斗くん、身体の具合はどうなんだ?」
「大分治ってきた感じだ。もう暫くすれば全快、退院できるってよ」
「そうか、それは良いことだ」
「でも………問題はVシステムの方なんだよな」
「有紀くんから既に聞いているとは思うが、大破したVシステムの修復には……少なく見積もっても数ヶ月は掛かる」
「…………俺のせいで」
「だから、気にするなと言っているだろう?」
完全に落ち込んでいるというか、責任を感じてしまい……がっくりと肩を落とす戒斗。
石神はそんな彼の頭に手を伸ばすと、大きくゴツゴツとした手で戒斗の頭を雑に撫で始めた。まるで、大人が小さな子供を慰めるかのように。
そうして彼の頭を撫でた後、伸ばしていた手を引っ込めて……石神は続けてこう言う。
「……実を言うとな、どのみち現状のVシステム、君の使っていたXナンバーのプロトタイプには限界を感じ始めていたんだ。遅かれ早かれ、こういう事態には陥っていた」
「セラから聞いてるよ、多少のことは」
戒斗の言葉に石神は「そうか」と小さく頷き、
「……ま、とにかく今はゆっくり休んでくれ。面倒なことは回復してから考えるとしよう」
ややこしい問題はひとまず横に置いておこう、と言わんばかりにそう言うと、はっはっはと高笑いをし始める。
そんな風に笑う彼の横で、戒斗は独り……表情を曇らせていた。
(俺は結局、真を助けられないで……Vシステムまで失って。結局、俺は無力な俺のままだったのか…………?)
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