第三章:赤き拳は誰がために振るわれるのか

 第三章:赤き拳は誰がために振るわれるのか



 ――――その頃、何処かの高層ビルの屋上。

 そこに据えられたヘリパッドの端に立ち、ビル風に吹かれつつ……伊隅いすみ飛鷹ひようは古びたハーモニカを吹かしながら、細めた眼でじっと遠くの景色を見据えていた。

 飛鷹の吹くハーモニカから、何処か哀しげなメロディが響く中。そんな彼女から一歩引いたところに、風谷かざや美雪みゆきも控えるようにして立っている。

 飛鷹は長いポニーテールに結った真っ赤な髪を、美雪はセミロングの艶やかな黒髪をビル風に靡かせながら……師弟二人は、そこに立っていた。

「――――お前の話を聞く限り、人工神姫というのは思った以上に厄介で……そして、反吐が出る存在だな」

 ハーモニカを吹き終えれば、古き親友とものくれたそれを大事そうに懐に収め。背にした美雪の方を振り返らないまま、飛鷹は言う。

 美雪はそれに「はい」と小さく頷き返し「だからこそ、止めなければなりません」と言った。

「これ以上……犠牲者を許すワケには」

「ああ、そうだな美雪」

 小さく歯噛みをする美雪に頷き返し、その後で飛鷹はこう言葉を続ける。

「あの人工神姫……確か、グラファイト・フラッシュと言ったか」

「はい、師匠」

「これは私の推測だが……おそらく、腕のブレスが洗脳装置だろうな」

「どういうことです?」

 きょとんとして首を傾げる美雪に、飛鷹は「なに、簡単なことだ――――」と言い、こう説明した。

「そもそもの話として、本来ヴァルキュリア因子を持たぬ者が神姫になることは万に一つもあり得ない話だ」

「はい」

「もしかすれば、素体になった少女が因子保有者だった可能性もあるが……その可能性はゼロに等しい。恐らく、彼女は後天的に因子を植え付けられたのだろう。改造手術によって、な」

「……改造、手術」

 反芻するみたく呟く美雪に、飛鷹は「ああ」と頷く。

「私が東南アジア支部で入手した僅かな資料にも、改造実験がどうのと書かれていたのを覚えている。今の彼女は……さしずめ、改造人間といったところだな」

「…………酷い話です、本当に」

 小さくうつむく美雪が呟き、それに飛鷹は「全くだ」と同意の意を示す。静かな語気ながらも……その瞳に、確かな怒りの焔を燃やして。

 そう同意した後で、飛鷹は「話を戻すぞ」と続けて言い、更に言葉を……人工神姫に関しての、グラファイト・フラッシュに関しての話を続けていく。

「これはあくまで私の推論に過ぎないが、人為的に因子を植え付けられたのだとすれば……その能力は不安定なもののはずだ。まして何かしらの洗脳処置を施しているのなら、尚更のことだ」

「師匠、というと?」

「神姫の力というものは、感情の力と言い換えてもいい。地球の抑止力たる神姫という存在、人間の意志が介在しない神姫など……それは最早、神姫などではない」

「……では、あの禍々しいブレスが補助装置と洗脳装置を兼ねていると」

 神妙な面持ちで呟く美雪に「恐らくはな」と飛鷹は頷き返して肯定する。

「人工神姫であるが故に、普通の神姫……言ってしまえば天然物と比べて劣っているスペックを、改造手術による物理的な身体機能の強化とともに底上げする為の装置。それがあのブレスに違いない。加えて洗脳状態の維持、及びその強化の役割も担っていると私は考えている」

「だったら、あのブレスを破壊すれば……!!」

「まあ待て美雪」

 焦る美雪を、飛鷹は落ち着いた声のトーンで穏やかに諭す。

「憶測だけで行動するのは危険だ。今の話は、あくまで手に入れた僅かな資料と、プラスで状況を見た上での……私の勝手な推論に過ぎない。下手をすれば彼女の生命いのちにだって関わってくる話だ。焦る気持ちは分かるが、迂闊な行動は出来ない」

「そう……ですね。すみません師匠、出過ぎた真似を」

「良いさ、気にするな美雪」

 しゅんとして詫びる美雪に、飛鷹は優しく微笑みかけてやる。

 そうしながら、真っ赤な髪を……垂らした右の前髪をビル風に揺らしながら。前髪の下に垣間見える右眼、そこに走る一条の刀傷をそっと指先で撫でながら……飛鷹はシリアスな顔で言葉を続ける。

「何にしても、気掛かりなことではある。ネオ・フロンティアの動きには……特に例の彼女、グラファイト・フラッシュの動きに関しては注意を払うべきだろうな」

 美雪はそんな師匠の言葉に「そうですね」と頷き、

「ところで師匠、今回はいつまで日本にいらっしゃるのですか?」

 そんな風にガラリと話題を変えるみたく、飛鷹に問うていた。

 訊かれた飛鷹はふむ、と顎に手を当てて唸り、一言「分からん」と答えた後、

「だが、暫くは滞在するつもりだ。さっきも話したグラファイト・フラッシュのことが気掛かりだし、それに……美弥みやのこともある」

来栖くるす美弥みや……ウィスタリア・セイレーンのことですか」

 少しばかり表情を曇らせて言う美雪に、飛鷹は「ああ」と短く頷き返す。

「あの様子だと、やはり記憶を失っているようだ。予想出来ていたことだから、驚きはしないが……しかし、イザ実際に目の当たりにしてみると……なんだ、意外にクるものがあるな」

「……大丈夫ですよ。師匠には、私が居ますから」

「美雪」

「確かに、あのヒトは師匠にとって大事な戦友……掛け替えのない仲間かも知れません。

 ――――でも、今の師匠には私が居るじゃないですか。私じゃ……師匠のお傍に居るには、力不足ですか?」

 そんな美雪の呟きに、飛鷹はやれやれと肩を揺らし。不安げな顔でうつむく美雪の方に振り返り、仕方ないなといった顔で彼女の方に歩み寄っていく。

 そうして傍まで近づけば、飛鷹はそっと左手を美雪に近づけ。不安そうにうつむく彼女の頭を、わしゃわしゃと雑に撫でてやった。

「あっ……」

「そんなことはない。美雪はよくやってくれている」

「師匠……!!」

 飛鷹に撫でられ、飛鷹にそんな言葉を投げかけられた途端。美雪は今までの不安そうな雰囲気から一転、ぱぁっと嬉しそうな顔で飛鷹の顔を見上げる。

 そんな弟子の嬉しそうな顔を見下ろしながら、飛鷹はやれやれといった顔で呟く。

「全く、心配性な弟子を持ったものだ。美桜を思い出すよ……お前を見ていると」

 そうして飛鷹が美雪の頭を撫でながら、遠い目をしていると――――そんな時だった。二人が突如として、甲高い耳鳴りのような感覚に襲われたのは。

「……師匠、この感じ!」

 ハッとして言う美雪に「ああ」と飛鷹はあくまで冷静なままの顔で頷き返し、

「どうやら、また性懲りもなく暴れているらしいな」

 サファイアの瞳に怒りの焔を燃やしながら、低い声でそう呟いた。

「行きましょう、師匠! 奴らの企みは――――」

「――――私とお前、悪魔の野望は私たち二人で打ち砕く。秘密結社ネオ・フロンティア……奴らの好きにさせてなるものか」

 伊隅飛鷹と風谷美雪、師弟二人はサファイアの瞳と翠の瞳、互いに視線を重ね合いながら……コクリ、と頷き合う。

「行くぞ美雪、付いて来い!!」

「はい、師匠! 何処までもお供しますっ!!」

 そして、二人は駆け出していく。本能の告げる警鐘に従い……悪魔の野望を打ち砕く為に。もうこれ以上、誰にも涙を流させない為に――――。





(第三章『赤き拳は誰がために振るわれるのか』了)

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