第二章:XGの鼓動/02
一方、店を出た有紀といえば。駐車場に停めてある車……蒼いスポーツカーに寄りかかりながら、耳にスマートフォンを当てて石神と会話を交わしていた。
『戒斗くんが目覚めたこと、俺も聞いた。ホッとしたよ』
「全くだね。無事で何よりだよ、本当に」
『ところで……有紀くん、Vシステムの方は結局どうなんだ?』
石神の問いに、有紀は「駄目だね」と首を横に振って答える。
「助手くんが上げた報告書の通り、破損状況がかなり酷い。直すにしたって数ヶ月単位で時間が掛かるよ」
『そうか……仕方ないが、暫くの間は今まで通りにセラくんたち、神姫を中心に頑張って貰う他にないか』
唸る石神に対し、有紀は「ああ」と短く頷き返す。
そうした後で、石神はこんな質問も有紀に対して投げかけてきていた。
『有紀くん、そういえば例の計画……『プランXG』の方はどうなんだ?』
「ん? ああ……アレならほぼ完成しているよ。試作型XGドライバーも私が持っているし、ガーランドの実走テストも完了済み。後は……彼次第だね」
『……彼は、戒斗くんはまだ戦えるだろうか』
ポツリと呟く石神に、有紀は「分からない」と正直に答える。
「心をへし折られた彼が、果たしてまた立ち上がれるかどうかは……私にも分からないよ」
続き有紀はそう言った後で、更に「だが」と言葉を付け加え、こう続ける。
「だが――――私は彼を、戦部戒斗を信じている。彼が再び立ち上がり、人間の自由と平和を守るために……私の最高傑作、XGドライバーを手にしてくれると」
『……そうだな。俺も彼を信じている。戒斗くんはそう弱い男ではないはずだ』
石神はそう言うが、しかし有紀の返す言葉は「いいや、彼は弱いよ」という否定の一言だった。
しかし、有紀は続けてこんな言葉も紡いでみせる。スマートフォン片手に遠くの空を、頭上に広がる、雲の浮かぶ青空を……何処までも続いていく
「弱いからこそ……誰よりも痛みを知っているからこそ、誰かの為に戦えるんだ」
と、目を細めながら……有紀はそう、呟いていた。
『……有紀くんが言うなら、そうなんだろうな』
「ああ、そうだよ時三郎くん。彼は弱くて、だから強いんだ」
フッと小さく笑む石神に対し、有紀もまた普段通りのニヒルな笑みで返した後。彼女はこんな締めくくりの言葉を最後に投げかけてから、彼との電話を切った。
「……さて、そろそろ切るよ。今から本部に戻るから、詳しい話はそれからにしようじゃないか」
最後にそれだけを言って、有紀は電話を切る。
通話を終えたスマートフォンを白衣の懐に収めれば、有紀は背にしていた蒼いスポーツカーに乗り込んでいく。
――――二〇二一年式、C8型シボレー・コルベット・スティングレイ。
ステルス戦闘機のように鋭角なシルエットのそれは、最新鋭のアメ車だ。
だが、アメ車なのは見た目だけ。中身はP.C.C.Sが……いいや、篠宮有紀が徹底的に手を入れたスーパー・マシーン。超高度な人工知能を搭載したそれは、まさにスーパー・マシーンと呼ぶに相応しいだけのポテンシャルを秘めた、史上最強の一台だった。
――――ガーランド。
それこそが、この車に……搭載された人工知能に与えられた名前だった。
有紀はそんなガーランドの運転席……アメ車だから、当然左ハンドル仕様だ。そこに乗り込むと、シートに身体を預けながらふぅ、と小さく息をつく。
『やはり私と、そしてXGの初陣は近そうですね、ドクター篠宮』
とすれば、センターコンソールにあるモニタが独りでに光り出し。有紀以外に誰も居ない車内に、彼の……ガーランドの合成音声が響き渡る。
「……盗み聞きとは、悪趣味なAIだな」
そんなガーランドの声に、低い男声の合成音声に対し、有紀は皮肉交じりの言葉で返してやる。
『私の音響センサーが優秀すぎるが故に、否が応でも話し声が聞こえてしまったのです。失礼しました、ドクター』
とすれば、ガーランドはそんな有紀の皮肉に対して更なる皮肉を被せてきた。
有紀は皮肉に皮肉で返してきたガーランドに対し、小さな溜息をつきながら……こんな皮肉全開の言葉を返してやる。
「本当によく回る口だな、会話機能を実装したのは失敗だったかな?」
『とんでもありません。私は支援車両の制御システムであると同時に、XGの戦闘支援システムでもあり。そして豊富な話題と気の利いた返しで皆様を愉しませる、そんな存在なのですから。私のこの会話機能は必要不可欠ですよ』
「…………教育、ミスったかな」
ガーランドの返しに、呆れ切った顔で有紀は大きく肩を竦める。
するとガーランドは『ところでドクター、装着員候補にドライバーを渡さないのですか?』と有紀に問うてきた。
それに対し――――有紀はこう答える。
「渡せるものならば、渡したいよ」
『聞くところによると、今まで使用していたプロトタイプのVシステムが大破したそうですね。戦力向上の為にも、早急に試作型XGドライバーを渡すべきでは?』
「少しは口を閉じることを覚えてくれ、このポンコツAI」
『そっくりそのままお返ししますよ、ポンコツの生みの親である貴女に』
「ほんっっっっとに口が減らないな君は!?」
どれだけ皮肉を言ってやっても、それ以上の皮肉で返してくれるガーランド。
それに対し、有紀は割と素のトーンで叫んだ後……はぁ、と大きな溜息をつき。とすれば、続けてガーランドに向かってこんな問いを、呟くような声のトーンで問いかけていた。
「……まあいい。君はドライバーを彼に渡さない理由を知りたいんだな?」
『肯定です』
「…………今の彼が怪我人、ということもあるが。それ以前に彼の心は、戒斗くんの心は折れてしまっている」
『つまり、自ら欲さない限りは渡すつもりはない、と?』
「そうだ」
『非論理的、合理性に欠けた判断ですね。ドクター篠宮、貴女らしくもない』
「理屈じゃないのさ、こういうのは。覚えておけガーランド、人間は時に理屈では動かないことがある」
『善処します』
無機質な合成音声でガーランドが答えるのを聞きながら、有紀は小さく息をつき。そして車のウィンドウ越しに遠くの空を見つめながら……うわ言のように、虚空に向かって呟いていた。
「そうさ……人間は感情の生き物、理屈じゃ動かない」
だから――――――――。
「だから戒斗くん、私は理屈抜きに信じているよ。君が再び手を伸ばし……XGの力を、黒い勇者の力を手に入れることを」
(第二章『XGの鼓動』了)
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