第一章:伸ばした手のひらが繋ぐモノは/05

 そうしてセラが剥いてくれたリンゴを二人で仲良く食べつつ、戒斗とセラはこんな会話を交わしていた。

 ちなみに余談だが……案の定というべきか、リンゴは全部ウサギの形にされてしまっている。これも妙に出来が良い、食べるのが勿体なく思えてしまうぐらいな辺り……セラは何だかんだと手先が器用な方らしい。

 ――――閑話休題。

「暫くの間は、アタシとアンジェで代わる代わるアンタの傍に居てあげることにしたから」

「……ちょっと待て、セラもか?」

「なによ、嫌なの?」

「そういうワケじゃないんだが……良いのか?」

「良いも何も、アタシがしたくてするのよ?」

 きょとんとした顔で、申し訳なさそうに言う戒斗にセラは言い返し、

「それに……アンジェ一人に任せておくと、あのこそ無茶しそうじゃない? だから、少しでも負担を減らしてあげたいと思ってね」

 と、言葉の裏に隠していた真意を彼に伝えていた。

「……悪いな、色々と」

 戒斗はそんな彼女に対し、また申し訳なさそうに呟く。

「気にしないでよ、アタシもアンジェも、アンタを独りぼっちにさせたくないって気持ちは一緒だから」

「でも、学園はどうするんだ?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ、そんなのサボるに決まってるじゃないの」

「……流石に、それは悪い気がする」

 こうして戒斗が引け目というか、申し訳なさを感じてしまうのは今日だけで一体何度目だろうか。

 ――――今までの話を簡潔に整理すると、ざっくりこんな感じだ。

 どうやらセラは、アンジェと交代で戒斗の傍に居てくれるらしい。それこそ、意識を失っている間にアンジェが片時も傍を離れなかったみたいに、二人で代わる代わるずっと傍に居てくれるそうだ。

 無論、セラ自身が彼に好意を寄せているというのは最大の理由だが……それ以外にも、アンジェの負担を少しでも軽くしてやりたいという気持ちもセラにはあった。

 何せアンジェはこの三日間、殆ど彼の傍から離れなかったぐらいだ。誰が代わると言っても聞かず、ただ戒斗が目覚めることだけを信じて、独りぼっちにはさせないという気持ちだけで……寝食すら投げ捨てて、ずっと彼の傍に付いていた。

 ある意味で、彼女の意外な頑固さが表に出たとも言える話だが……とにかく、アンジェは戒斗のこととなるとタガが外れるというか、気軽にリミッターを外してくるような女の子だ。

 同じ相手を愛している立場として、そんな彼女一人だけに多大な負担を負わせたくない、というのがセラの気持ちなのだ。

 だからこそ、セラとアンジェは代わる代わるで戒斗の面倒を見る……という方向性になったのだろう。

 しかし、ここからが問題だ。

 どうやらセラ……と、間違いなくアンジェもそうだが。戒斗の傍にいる間、学園はサボり続けると言っているのだ。

 最近は色んなことが立て続けに起こったせいで忘れがちだが、二人は仮にも学生だ。そんな二人に本分たる学業を怠らせるというのは……幾ら不真面目なサボり魔だったといえども、戒斗は引け目のようなものを感じざるを得ない。

 だからこそ、戸惑った顔でセラに言ったのだが――――しかし、きょとんとしたセラの答えといえば。

「気にしなくて良いのよ? あんなのとアンタと、どっちが大事かなんて……アタシもアンジェも、天秤にかけるまでもないわ」

 と、至極当然のことだと言わんばかりの……そんな答えだった。

「それに、こう見えてアタシは成績優秀なのよ。知ってた?」

 続くセラの自慢げな言葉に、戒斗は引きつった顔で「……冗談だろ?」と訊き返す。

「冗談だと思うなら、これを見てみなさい」

 すると、セラは自分のスクールバッグを漁り……何故か持っていた、中間テストの点数表をひょいと戒斗に差し出してきた。

 なんでスクールバッグの中にそんなものが入れっ放しなのかとか、そもそもそんなもの持ち歩くようなものでも無いだろとか、そういう突っ込みはひとまず横に置いておきつつ……戒斗は受け取った点数表に視線を落としてみる。

 見てみると……大半の教科が百点満点、他も九〇点台が殆どだ。

「なあ、セラ」

 戒斗が今までお目にかかったこともないような高得点の山、ふふーんと自慢げに鼻を鳴らすセラに対し、戒斗は大変な真顔で……こんなことを口走っていた。

「…………イメージと違う!!」

「シバき回すわよ?」

「すみませんでした」

 ギロリと睨むセラに速攻で全面降伏し、全力で平伏する戒斗にセラは小さく肩を竦める。

「ったく、アタシこれでもパイロット資格持ってるぐらいなのよ?」

「えっマジで?」

「マジもマジ、大マジよ。半分……というか殆ど趣味だけどね」

「へえ、凄いじゃないかセラ。ってことはセスナとか飛ばせるのか?」

 驚く戒斗に「公的なライセンスの範囲なら多発機、あとヘリもイケるわ」とセラは答えて、

「後は……そうね、戦闘機だって飛ばせるわよ?」

 と、大変自慢げな様子でうそぶいてみせた。

「へえ……納得だ、そりゃあ頭良いはずだよな」

「飛ばしたのはF‐15にF‐16、ハリアーⅡにF/A‐18……スーパーホーネットじゃない方ね。それと後は……F‐14も飛ばしたわよ?」

「スゲえな……トップガンの世界じゃないか」

「機会があったら、アンタを後ろに乗せて飛んであげるわよ?」

「是非頼むよ。君の大きな翼に、俺を乗せてくれ」

 セラがパイロット資格持ち、しかも戦闘機すら飛ばせると聞いて、子供のように目を輝かせる戒斗。

 そんな彼にセラも嬉しそうな顔で微笑みかけつつ、コホンと咳払いをして……完全に脱線なんて次元じゃなくなっていた話の軌道を元に戻す。

「ま……アタシたち以外にも、有紀とか南とか……あと、事情は知らないけど遥も来てくれるって言ってたわ。アンタって意外と人徳あるのね」

(実は、遥もバッチリ事情知ってるんだけどな……)

 クスっと笑うセラの傍ら、戒斗は内心でそう思いつつ。しかし苦笑いを浮かべるだけで言葉にはしないまま、ただ「ありがたい話だ」とだけ言う。

「アンジェは当然だろうけど、アタシだって暇なら話し相手ぐらいにはなったげるし、不安なら一晩中だって手握っててあげる。眠れないのなら、眠れるまで抱っこしててあげるから。だから……安心なさい。アンタは、独りぼっちなんかじゃないのよ」

「…………ありがとう、セラ」

 心から案じてくれているセラに、素直なお礼を言いつつ。同時に戒斗はこうも思う。

 自分はここまで周りのヒトたちに恵まれている。アンジェもそうだし、セラも……ここまで自分のことを大切に想ってくれているのは、素直にありがたいと思う。

 だが、同時に考えてしまうのだ。今こうしている間にも、真は独りぼっちなんじゃないかって。

(真…………)

 戒斗は表面上でこそ薄い笑みを作り、ポーカー・フェイスを気取りつつも。しかし、どうしようもない無力感を噛み締めずにはいられなかった。

(俺は……結局、何も出来ないのか)





(第一章『伸ばした手のひらが繋ぐモノは』了)

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