第二章:風の呼び声に誘われて

 第二章:風の呼び声に誘われて



「ん……」

 とあるアパートの一室。ベッドに寝転がっていた黒髪の少女、風谷かざや美雪みゆきが差し込む朝日にいざなわれるようにして目を覚ましていた。

 横たわっていた格好からむくりと起き上がり、枕元に置いていたスマートフォンを見て時刻を確認する。

 現在時刻は……午前九時十五分。

 まあまあの頃合いだ。時刻を確認した美雪は眠たそうな顔でベッドから起き上がると、洗面所の方まで歩いて行く。

 そこで顔を洗い、冷水で目を覚ましてからキッチンへ。流し台の下、戸棚の中に入っているカップラーメンを手に取って、手早く調理を始める。今日の気分はノーマルな醤油ラーメンだ。

 蓋を半分まで開け、かやく・・・を乾燥麺の上にブチ撒けて、ポットからお湯を注いで三分……ではなく五分待つ。今日のカップラーメンは五分タイプだ。

 そうして五分経過後、蓋を剥がして後入れの液体スープを注ぎ込み、箸で軽くかき混ぜる。その後で、添付されていた焼き海苔を二枚放り込めば完了だ。

 調理が終わったカップラーメンをリビングのテーブル、ちゃぶ台みたいに背の低いテーブルまで運び、黙々と啜る美雪。

 そんな風にさっさと朝食を済ませてしまえば、行動を起こす……でもなく、座ったまま一息つく。

「…………?」

 朝食を済ませた美雪が一息ついていると、ふとした折にスマートフォンに誰かからの着信が入る。

 誰かと思い、ディスプレイを見てみると……電話を掛けてきた相手は彼女の師匠、伊隅いすみ飛鷹ひようだった。

「師匠!」

 相手が飛鷹だと気付けば、美雪はそれこそ飛び起きるぐらいの勢いで電話に出る。目はキラキラと輝いていて、声は少し上擦っている。もし彼女に犬のような尻尾があれば、今頃ぶんぶんと忙しなく振っていたことだろう。

『――――美雪、元気そうだな』

 美雪がそんな風に電話に出ると、スピーカーから聞こえてきたのはトーンの低い女の声。何処か歴戦の猛者を思わせる、落ち着いた……風格のあるその声音は、やはり美雪の師匠たる伊隅飛鷹の声に相違なかった。

「師匠こそ、お変わりなく。ところで何の御用があって……?」

『ああ。つい先刻、東南アジアのネオ・フロンティア支部を壊滅させたところだ。一応、お前にもそれを報告しておこうと思ってな』

 ――――伊隅飛鷹は、たった一人でネオ・フロンティアと戦い続けている。

 比喩抜きに、世界中でだ。

 家族を失い、彷徨っていた美雪を拾い……戦士として、神姫ジェイド・タイフーンとして育て上げた伊隅飛鷹だが、彼女の本来の目的はあくまでネオ・フロンティアと戦うことにある。

 曰く、美雪を拾うずっと前から飛鷹はたった一人で秘密結社ネオ・フロンティアと戦い続けているのだという。

 そんな、孤独に戦う彼女を美雪は師と仰ぎ……そして、心の底から尊敬していた。人間として、そして神姫として。

 どうやらその師匠、飛鷹はつい先刻にネオ・フロンティアの東南アジア支部を単独で壊滅させてしまったらしい。この電話はそれを美雪に報告するためのようだ。

「お一人でとは、流石です師匠。呼ばれればすぐにでも馳せ参じるつもりでしたが……杞憂だったようですね」

『当然だ、私は不死身だからな』

 心からの尊敬と、そして無事だったことに対する少しの安堵も込めた美雪の言葉に、飛鷹は冷静な、しかし確かな自信を秘めた声でそう返す。

『それと……壊滅させた支部で、少し気掛かりな情報を手に入れてな。それも伝えたくて、お前に連絡したんだ』

 そう美雪に頷き返した後、飛鷹はそんなことも美雪に言う。

 言われた美雪は「と、いうと?」と首を傾げて返す。

 すると、飛鷹の口から飛び出してきたのは――――。

『…………『人工神姫』』

 ――――――そんな、不穏極まりない単語だった。

「人工、神姫……?」

 当然ながら、その言葉は美雪にとって聞き慣れないものだ。

 故に美雪は怪訝そうに首を傾げ、そして今の言葉を反芻するように呟く。

「師匠、それはどういう……?」

『資料の大半は交戦中のゴタゴタで吹き飛んでしまったからな、詳しいことは私にも分からん』

 続けて美雪が訊き返せば、飛鷹は端的にそう答えた後、

『ただ、見るからにロクでもない類の企みであることは確かだ』

 と、ある種の確信を秘めた声でそう続けて言った。

「…………師匠、その人工神姫とやらの調査、私にさせて頂けませんか?」

『元より美雪、お前に頼むつもりだった。恐らくこの企み、ネオ・フロンティアの本拠地である日本で……先んじて、何かしらの動きがあるはずだ。その辺り、お前の方で上手く探ってみてくれ』

 美雪はそれに「分かりました」と力強く頷き、

「……それで、師匠? こちらには、日本にはいつ戻られるのですか?」

 と、そんなことを飛鷹に問うていた。まるで親の帰りを待ち侘びる、小さな子供のように。

 美雪がそう問えば、飛鷹はフッと小さく笑い。そうした後で、美雪にこう答える。

『近いうち、とだけ言っておこう。詳しい時期は私にも分からんからな』

「そうですか。では師匠、お帰りを楽しみにしていますね。人工神姫の件についても、私に任せてください」

『ああ、頼んだぞ美雪』

 最後に確かな信頼を込めた飛鷹の言葉が聞こえると、それを境に彼女との電話は切れた。

 美雪は少しだけ嬉しそうな顔を浮かべた後、電話の切れたスマートフォンをテーブルの上に置き。その後で座っていた格好から立ち上がれば、美雪は窓際に近寄って……窓の外に視線を向ける。

 そうして外界の景色を見つめながら、遠くを見据えながら……スッと眼を細めた美雪は、神妙な表情を浮かべていた。

「それにしても、人工神姫……」

 呟くのは、不穏な単語。頭に過ぎるのは、不吉な予感。

「ネオ・フロンティア、今度は一体何を企んでいる…………?」





(第二章『風の呼び声に誘われて』了)

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