第十章:Go Hard Or Go Home
第十章:Go Hard Or Go Home
――――そして、来たるべき三日後の夕刻頃。
バット・バンディット撃滅作戦『オペレーション・デイブレイク』の開始時刻が数時間後に迫る中、P.C.C.S本部ビルの地下区画の一角にある大部屋には戒斗とウェズ、そしてウェズの率いるSTFヴァイパー・チームの面々が集まり、各々の得物を黙々と準備していた。
部屋の中自体は、何というかロッカールームのようなものだ。どうやらSTFが出撃前の身支度をするための部屋らしい。その為か、部屋のあちこちには自動ライフルなどの銃火器が置かれているガンラックがちらほらと見受けられる。
そんな部屋の中、紺色の戦闘服を身に纏う面々が集う中……戒斗もまた、ヴァイパーの連中やウェズと同様に、そんな紺色の戦闘服を身に纏っていた。
STFに支給されているコンバットスーツだ。紺を基調とした地味な色合いで、肩周りなんかには衝撃吸収用の黒いソフトアーマーが縫い込まれている。
戒斗はそのコンバットスーツの上から防弾プレートキャリアに左太腿のサイ・ホルスターやら、後は肘のエルボーパッドに膝のニーパッドといった装具類も身に着けていた。この点も、ウェズやSTFヴァイパーの面々と全く同じ出で立ちだ。
「…………」
そんな格好の戒斗は大部屋の中、大きなテーブルに向き合いつつ。手元にある自動ライフル用の樹脂製弾倉、三〇連発のP‐MAGに三○○ブラックアウト弾を黙々と装填しながら……部屋の中に集う他の連中の様子も窺っていた。
――――STFヴァイパー・チーム。
なるほど、話には聞いていたが……本当に特殊部隊と呼ぶに相応しい連中だ。
格好は今まさに説明した通りで、構成メンバーも白人に黒人、アジア系にヒスパニックと……多種多様な人種が入り混じっている。
だが、皆一様に精鋭の風格を醸し出していた。
まさにプロフェッショナルといった感じだ。身支度を進めながら、周りの連中と笑顔で軽口なんか叩き合ってはいるが……しかしその瞳の奥には絶大な自信、そして仲間に対する絶対的な信頼感が見え隠れしている。
一人一人の詳しい素性を知っているワケではないが……恐らくは皆、元軍人か特殊部隊員かだろう。それも、とびきり精鋭の。
「お前の活躍、俺たちもバッチリ聞いてるぜ」
そんなSTFヴァイパー・チームの様子を窺っていた戒斗に、真横で同じように装填作業を行っていたウェズが何気ない調子で話しかけてくる。
「本当なら、アンタみたいなのがVシステムを使うべきなんだろうな」
それに対し、戒斗は手元から視線を上げないまま……ウェズに一瞥もくれぬまま、弾倉に弾を込める手を止めないままに言葉を返す。
「そうでもねえよ」
ウェズはそんな彼の返す言葉に、小さく首を横に振ってみせた。
「多分、ドクター篠宮は俺なんぞが装着員になることは認めねえさ。それ以前に……ああいうの、俺は性に合わねえんだ」
「……そんなモンか」
「ああ、そんなモンだ」
小さく肩を揺らす戒斗に頷き返しながら、ウェズは装填し終えたプラスチックの弾倉をテーブルの隅にドンッと置く。
そうしながら、ウェズはスッと眼を細めて……ポツリと、こんな言葉を漏らしていた。
「俺は、元々
「……海軍の」
作業の手を止め、チラリと横目の視線で見上げてくる戒斗に「ああ」とウェズは肯定の意を返し、
「チーム7だった。もう何年も前の話だ……アフガンでの極秘任務中に、俺はあのバケモノに襲われたんだ」
と、遠い目をしながら戒斗に語り掛ける。
――――
米海軍きっての精鋭として名高い特殊部隊だ。最近ではドラマや映画での露出も増えているから、その名を聞いたことがあるかも知れない。
どうやらウェズは、元々そのSEALsに居たらしい。その時の任務中、彼の言うバケモノ……つまりはバンディットと遭遇し、その後なんの因果かこのP.C.C.Sまで流れ着いた、といったところか。
戒斗がそんな憶測を立てている間も、ウェズは何気ない調子で彼に語り掛けていた。自分の身の上話、昔話を。
「任務の内容に関しちゃ、機密事項が多すぎるから詳しくは言えねえんだが……とにかく、俺たちは例のバケモノ、バンディットに襲われたんだ」
「……そうだったのか」
「今じゃ奴らも見慣れちまったが、あの時はそうもいかなかった。俺も、俺の仲間たちも、皆混乱しっ放しだったさ。何せ相手は人間じゃねえ、見たこともねえ怪物だったんだからよ」
フッと自虐めいた笑みを浮かべてから、ウェズは言葉を続けていく。
「ソイツに追われて、追われて……結局、部隊の仲間の大半を俺は喪っちまった。どうにかこうにか機転を利かせて、元の任務の為に仲間が持ってたC4……あーっと、プラスチック爆薬のことだ。分かるか?」
「分かるから、続けてくれ」
「……で、俺はそのC4を使って奴を上手く罠に嵌めてやったんだ。後は生き残った奴ら全員で囲んで袋叩きよ。そんでも倒しきれなかったが……手傷は負わせられたらしくてな。奴は逃げていったよ。なんとか撃退できたってワケさ。
んで、命からがら帰ってきた俺に早速辞令が届いてな。そのまま何の因果かP.C.C.Sに異動して……今じゃバケモノ退治の専門家になっちまってる」
「そうか…………」
ウェズが語った、彼の身の上話。
彼が何のつもりでそれを戒斗に話したのかは知るよしも無いが、しかし聞かされた戒斗はといえば……そんな風に、至極微妙な顔で反応していた。
本当に、何と言葉を掛けて良いのか分からないのだ。
…………今の話を要約すると、こういうことになる。
元米海軍SEALsの隊員だった彼は、アフガニスタンでのある極秘任務の最中、不運にもバンディットと遭遇。ウェズは上手く機転を利かせてどうにかそのバンディットを撃退することが出来たが……その代償に、部隊の仲間の大半を失ってしまった。
命からがら生還したウェズは、直後にP.C.C.Sへの異動を軍部から命じられることになる。
そして、これは戒斗が知らぬ話だが――――ウェズリー・クロウフォードは、生身でバンディットと交戦して生き残った、本当に貴重な人材だった。
神姫でもなければVシステムを装着もしていない、かといって専用の武器や特殊弾薬も持たない……そんな状況でバンディットと交戦し、生き残った人間。あまつさえ撃退までしてみせた人間というのは、あまりにも稀有な存在なのだ。
生身でバンディットを相手にして、生き残った。それがどれほど凄いことなのかは……商店街での警官たちの戦いや、県警本部ビルが襲撃された際の被害状況を鑑みれば、自ずと分かることだろう。
だからこそ、P.C.C.Sとしては彼がどうしても欲しかったのだ。
故にウェズはこの組織に引き抜かれ……今ではこうしてSTFヴァイパー・チームの隊長として、即ち対バンディット戦のエキスパートとして戦っている。
そんな彼の経歴と、そして仲間を大勢失った過去――――それを思えばこそ、戒斗は何とも言えない微妙な表情でしか返せなかったのだ。
「なあに、気にするこたあねえよ」
ウェズはそんな彼にニッコリと笑いかけると、そのまま戒斗の頭をワシャワシャと雑な手つきで撫でつける。
「お前はドクター篠宮の秘蔵っ子、例のアイアンマンの装着員だろ? だから……そんなお前にゃ、知っておいて欲しかったんだよ。俺たちみたいな野郎も居るってことをな」
「……ウェズ」
「俺たちにとって、お前やあの嬢ちゃんたちは希望なんだ。だからこそ……お前には頑張って貰わにゃならない。俺たちは俺たちに出来ることを、やれるだけやってやる。だから兄弟、お前もお前に出来ることをやってみろ。俺が言いたかったのは、要はそういうことだ」
なあに、心配要らねえよ。俺だって五体満足でこうして生きてるんだ。やって出来ないことなんて何もない、だろ――――?
ウェズは最後にそう言って、ニッコリと人懐っこい笑みを戒斗に向ける。
そんな彼に、戒斗も小さく肩を竦めながら「……かもな」と返していた。
「よおし、そろそろ出発だ!」
戒斗のそんな反応を見て、ウェズはまた満足げに笑んでから。それから彼は大部屋の中に集う面々、自らの率いるSTFヴァイパー・チームのタフガイたちに向かって、張りのある大声で号令を掛け始める。
「作戦は改めて確認するまでもねえな! プリンセスが
ウェズは言いながら、テーブルの端に置いていた自分のライフル……P.C.C.Sの制式採用品、支給品のシグ・ザウエルMCX自動ライフルを手に取ると、それに弾倉を力強く叩き付ける。
他の皆も同様だ。それに倣い、戒斗も同じようにMCXライフルを手に取って……握り締めていたP‐MAG弾倉を、支給品のライフルに叩き込む。
「ロックン・ロールだ! やってやろうぜ、野郎ども!!」
とすればウェズはそんな号令とともに、MCXのチャージング・ハンドルを引く。
彼のライフルがガシャリと動き、初弾を装填する音が響いた途端。STFヴァイパーの連中もまた雄叫びを上げ、ライフルのチャージング・ハンドルを引く。
大部屋が揺れるぐらいの大きな雄叫びが木霊する中、ガシャンガシャンと何挺もの銃の動作音が重なり合う。
そんな勇ましい雄叫びが響き渡る中、戒斗もまた自分のライフルの初弾装填を終えていた。
(さあてコウモリ野郎……決着を付けようぜ)
真新しい自動ライフルの銃把を左手に握り締め、不敵に笑む彼の瞳の奥にもまた……ウェズやヴァイパーの面々と同じく、不屈の闘志が燃え滾っていた。
――――オペレーション・デイブレイク、作戦開始まで残り数時間。
(第十章『Go Hard Or Go Home』了)
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