第八章:闇夜の暗殺者

 第八章:闇夜の暗殺者



 ――――篠崎邸。

 郊外にポツンと建つ、広大な敷地を有する大きな洋館。その屋敷の広間では、今日も今日とて篠崎十兵衛と孫娘の香菜、そして同席する末弟の潤一郎とが言葉を交わしていた。

 今日もやはり、長テーブルの誕生日席に十兵衛が座り。その傍に潤一郎が座る中……独り立っている香菜が十兵衛に説明する形での会話だ。

「――――例のバット・バンディットですが、やはり一定の戦果を挙げていますわ」

 ニッコリと笑顔で香菜は十兵衛にそう言うと、背後にチラリと目配せをする。

 そうすれば、広間の影になっていた場所から……異形のコウモリ怪人、バット・バンディットがヌルリと音も無く姿を現した。

 そんな風に現れたバット・バンディットを傍らに控えさせつつ、香菜は十兵衛に対しての言葉を続けて紡ぎ出していく。

「実験の結果も上々ですわ。超音波で地形を把握し、低空でも高速飛行が可能な性質。そして強い光には極端に弱いという特性上、作戦行動が可能なのが夜間のみ、という制約はありますが……しかし隠密性能は抜群ですわ。暗殺用の生体兵器として割り切って使う分には、十分に利用価値があると思われますわ」

 ニコニコと笑顔を浮かべながらな孫娘の報告を聞き、十兵衛は満足げに頷いた後。香菜に「先日、神姫と交戦したそうだね」と柔らかな語気で問うた。

 それに香菜は「ええ」とやはり笑顔で頷き返し、

「暗殺用としては優秀ですが……やはり、神姫と正面切って戦うには些か不利が過ぎますわ」

 と、ありのままを正直に十兵衛へと報告した。

「戦闘用としてはあまりに貧弱すぎ、そして弱点が多すぎますの。打たれ強さの面で言えば、コフィンに毛が生えた程度ですわ。先日の交戦でも手傷を負っていましたし、無事に生還できたのは奇跡的とも言えますわね」

 そう言った後で、しかし香菜は「……ですが」と言葉を続ける。

「奇襲に徹しさえすれば、例え神姫が相手だとしても勝機はありますわ」

「ほう?」

「状況を選び、高い飛行能力を十分に活用することが出来れば、或いは神姫相手でも勝てる見込みはあります。何せ……神姫は空を飛べませんから」

 クスクスッと悪戯っぽく笑う香菜に、十兵衛は「結構結構」と満足げな笑顔を向けてみせる。

「そっか、ならそろそろ僕も出たいなあ」

 そうすれば、今まで話を静観していた潤一郎が突然そんなことを言い出した。

「アルビオン・システムの実地試験もしてみたいし、どうだろう姉さん?」

「ええ、構いませんことよ潤一郎」

 潤一郎が続けて言うと、香菜は珍しく……普段は不機嫌そうに接する潤一郎相手にも、今日は上機嫌な様子で頷き返しいていて。そうした後で、香菜はこうも潤一郎に言っていた。

「バット・バンディットもいずれは、対神姫戦闘のちゃんとした実戦データを取らねばならないと思っていたところですの。この間のような偶発的は戦闘ではなく、ちゃんとした交戦データを」

「つまり、僕にはその監督役をしろと……そういうことだね、姉さん?」

 ふふん、と鼻を鳴らしながら言う潤一郎に「その通りですわ、潤一郎」と香菜は笑顔で肯定する。

「あくまで監視役に徹しつつ、適当なタイミングを見計らって介入なさいな。やり方は貴方に任せますことよ」

「分かったよ姉さん、任せてくれ。正義の味方として、やるべきことはやってみせるさ」

 言って、潤一郎は満足げに微笑みながら……懐より何かを取り出してみせる。

 真っ白いそれは、一見すると大型拳銃のような得物だった。

 その名を『アルビオンシューター』という……やはり大型拳銃によく似たそれを、潤一郎は右手の中でクルクルと素早く回してみせる。まるで、西部劇の保安官のように。

「正義の味方……ええ、そうですわね」

 そんな風に上機嫌な調子でアルビオンシューターをクルクルとガンスピンさせる潤一郎、彼の言った最後の言葉を反芻するように呟き……香菜はニヤリと小さな笑みを浮かべていた。

 まるで―――――その認識が、あまりに愚かだと言わんばかりの顔で。





(第八章『闇夜の暗殺者』了)

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