第九章:光の差す場所へ/01

 第九章:光の差す場所へ



「――――で、そっちは思い付いたか? 奴を捕捉する良い方法を」

『あのねえ……戒斗、あの有紀にも思い付かないようなこと、アタシが考えつくと思って?』

「一応聞いてみたまでのことだ」

『ったく……とにかく、アンタも気を付けて頂戴』

「分かってる。セラもな」

『はいはい。それじゃ、切るわよ?』

「ああ……じゃあ、また後で」

『ええ、また後で』

 ――――私立御浜国際大学、キャンパス内。

 広大なキャンパスの中に建ち並ぶ講義棟のひとつ、その廊下の壁に寄りかかりながら左耳にスマートフォンを当て、戒斗は今の今までセラと話していた。

 セラとの会話を終え、電話を切ったスマートフォンを懐に収める戒斗。

 ふぅ、と小さく息をついていると、そんな彼の元に真が――――腐れ縁の親友、翡翠真が「終わったか?」と近づきながら声を掛けてくる。

 電話中の戒斗に気を遣って、少し離れた場所で待っていてくれていたのだ。戒斗は歩み寄ってくる彼女に「ああ」と頷き返し、続いて「すまなかったな」とも言った。

「気にすることじゃないって」

 小さく詫びる彼に、真は人懐っこい笑みを浮かべて返すと。その後で「それより戒斗、学食行こうぜ?」と言って、そのままの流れで自然に戒斗の手を取った。

「腹減って仕方ねえんだよ。な、良いだろ? 付き合えよぉ戒斗ぉ」

「分かった分かった……分かったから、そう焦るなって。急ぎすぎたってロクなこと無いぜ」

 戒斗の手を引いて歩き出す真と、やれやれと肩を竦めながら、彼女に連れられるがまま歩く戒斗。そんな二人はさっさと講義棟を出て行くと、だだっ広いキャンパスを歩き……その片隅にある学食棟を訪れる。

 それぞれ券売機で食券を買い求め、各々カウンターに出して昼食を提供して貰う。

 ちなみに戒斗、今日の昼食のメニューは唐揚げラーメンだ。

 厳密に言えば普通の醤油ラーメンと唐揚げをそれぞれ単品で頼み、組み合わせた形になるか。ラーメンの上にボトンと唐揚げを落とすだけの簡単極まりない組み合わせだが、これが意外と美味いのだ。暫く放っておけば唐揚げの衣にスープが染み込み、丁度いい具合にに柔らかくなって、良い感じの味わいになる。

 またこれも余談になってしまうが、真の方は生姜焼き定食をチョイスしていた。こっちは字面そのまま、生姜焼きに白米と味噌汁がセットになった定食メニュー。定番といえば定番の品で、真が好んでよく食べているメニューでもある。

 ――――閑話休題。

 そんな各々の昼食が載ったトレイを手に、再び合流した戒斗と真はそのまま窓際、隅の方の席に座った。

 当然ながら、テーブルを挟んで対面に座る形だ。二人は顔を突き合わせつつ、それぞれ箸を動かして空腹を満たしていく。

「…………」

 時折他愛のない会話を交わしつつ、顔を突き合わせての食事。

 そんな風に楽しい昼食のひとときを過ごす中、戒斗はさっきから自分のスマートフォンと睨めっこをしていた。

 起動しているのはメッセージ機能だ。アンジェからメッセージが届いたから、戒斗は食事を摂りつつ、片手間に彼女とのやり取りを交わしている最中だった。

 どうやら向こうも昼休みらしく、昼食の片手間に連絡を寄越してくれたらしい。

 そんなアンジェと戒斗とのやり取りは――――ざっくり掻い摘めば、こんな感じだ。

『カイト、そっちもお昼かな?』

『ご明察。真と一緒だ』

『そっかー、真さんかぁ。最近会えてないなあ……元気してる?』

『ご想像にお任せしよう』

『ってことは、今日も元気いっぱいの真さんなんだね。よかったー』

『ところでアンジェ、何か俺に用だったのか?』

『あー……うん。今ちょうどセラと話してる最中だったんだけれど、カイトにも聞いておきたくてさ。ちょっとだけ時間、良いかな?』

『当然』

『えっと……訊きたいのは、美雪ちゃんのこと。この間は訊きそびれちゃってたから、訊いておきたいんだ。カイト……美雪ちゃんと、会ったんだよね?』

『……そう、だな。確かに俺とセラは美雪と出くわした』

『それで、どんな感じだった?』

『どんな感じ、って言われてもな……実際に顔を合わせてたのはほんの一瞬で、後は遥が対処してくれていたからな。俺とセラはコウモリ野郎を追撃しなきゃならなくて、美雪どころじゃなかったんだ』

『そっか』

『だから、詳しいことは俺やセラよりも、遥に訊いた方が良いんじゃないか? あの夜は美雪のこと、遥に任せっきりだったからさ。アンジェが知りたいことなら、俺よりもきっと……いいや、間違いなく遥の方が君の求めている答えを出してくれると思う』

『ん、分かった。じゃあ帰ったら遥さんにも訊いてみようかな』

『そうしてくれ。……ところで、今日も迎えはいつもの時間で良いのか?』

『うん、いつも通りで大丈夫だよ』

『了解だ。それじゃあアンジェ、また後で』

『また後でねー』

 ………………戒斗とアンジェがメッセージを通じてやり取りしていた内容は、こんな感じのものだった。

 ひとまずアンジェとの会話に一区切りを付けると、戒斗はふぅ、と息をつきながらスマートフォンを懐に収める。

「あらら」

 そうしていると、対面で同じように食事を摂りながらスマートフォンの画面に視線を落としていた真が、他人事のような調子でポツリとそう呟いていた。

 そんな真の様子が何故だか気になって、戒斗は「どうした?」と何気なしに問うてみる。

 すると、真は手元のスマートフォンから上げた視線をチラリと上目遣いに戒斗へと寄越しながら……こう答えてみせた。

「アタシが世話になってるスタジオがあんだけどさ、そのスタジオに最近、なんかコウモリが住み着いちまったらしいぜ」

 彼女の言うスタジオ、というのはきっと写真関係のスタジオのことだろう。翡翠真はこれでいてプロカメラマン志望だ。彼女の口からその単語が出てきたとあらば、どんな場所なのかは自ずと分かるというもの。

「コウモリ……か」

 真の言葉を聞いて、戒斗はスッと目を細めながら小さく呟く。

「ん?」

「いや、最近どうにもコウモリに縁があると思ってな」

「なんだよ、お前のトコにもコウモリが住み着いちまったのか?」

「そうじゃない、ちょっと色々あってな」

 はぐらかすような戒斗の言葉に「ふーん……?」と真は不思議そうに首を傾げた後、

「でさ、追い払うのに何か良い方法がないかって訊かれたんだよ」

 と、続いてそんなことを言った。

「それはまた。訊かれても困る内容だな、それは」

 大きく肩を揺らしながら、皮肉っぽい調子で戒斗が言うと。すると真も「だろぉ?」と参ったような語気で返して、

「コウモリっつーと……音とか光に弱いって聞くけどな。実際どうなんだろ」

 続いてそんな一言を、至極何気ない調子で……間延びした声で、真は呟いていた。

「……光?」

 真からしてみれば、本当に何の気なしな一言だったのかも知れない。

 だが――――戒斗は真が放ったそんな何気ない言葉の中に引っ掛かりを覚え、思わずピクッと反応してしまう。

(そういえば……あのコウモリ野郎、シュアファイアの光を浴びせてやったら、妙に動きがおかしくなってたよな…………)

 よくよく考えてみれば、バット・バンディットはあの時……戒斗が咄嗟に構えたP226、そこに装着してあったウェポンライトの強烈な光が当たった途端に動きがおかしくなっていた。

 今まで違和感を抱いていただけで、まるで気付いていなかったが……あの奇妙なまでの失速、ひょっとするとライトの光を浴びたせいじゃないか?

「そうそう、アニメなんかでよくあるじゃん? コウモリの怪物がさ、太陽の光を見て苦しみ始めるーなんてのが。超音波で飛んでるから、音には弱いって聞いたことあるけど……光は実際どうなんだろうな」

「そうか……光、光に弱いのか」

 真は尚も間延びした声で呑気に言っていたが、しかし戒斗は真が呟いた二言目で確信を得ていた。

 確信を得れば、戒斗はそのままガタッと大きな音を立てて席を立つ。

 そんな戒斗の様子を見て、真は「どうしたんだよ?」と首を傾げていたが。戒斗はそんな真の手を……ガシッと、真剣な顔で取ってみせる。

「うぇっ!?」

 ――――戒斗に、突然手を握られた。

 とすれば、真が途端に顔を真っ赤にして戸惑うのも当然のことだった。

「ちょっ……!? 戒斗、流石にこれはマズいって……!! その、周りの奴らが見てるし……そ、それに! お前にはその、アンジェちゃんが居るだろ……!?」

 ガタンと大きな音を立てて立ち上がった戒斗と、彼に手を握られた真が上げた素っ頓狂な声。

 それを耳にすれば、周りの連中……学食に居合わせた周囲の連中が、何事かと奇異の視線を二人に注いでくる。

 突然立ち上がり、真剣な顔で真の手を握り締める戒斗と……それに戸惑いながら、顔を真っ赤にして恥じらう真。傍から見れば、こんなのそういう・・・・シーンにしか思えない。

 安っぽいメロドラマでも最近じゃあ滅多にお目に掛かれなくなった、こんなベタにも程があるシチュエーション……その当事者になっているとあれば、真が顔を真っ赤にしてしまうのも仕方のない話だった。

 なにせ、翡翠真は――――目の前の彼、戦部戒斗に密かな恋心を抱いているのだから。

「…………」

「う、うぅ……」

 そんな風に周囲の学生連中から奇異の視線が注ぐ中、顔を真っ赤にして恥じらう真とは対照的に、戒斗は真剣な顔でジッと彼女のことを見つめていて。そうすれば、真は更に恥ずかしくなってしまい……彼女らしくもない乙女チックな声を上げながら、思わず彼から顔を逸らしてしまう。

 そうして顔を逸らしたまま、チラリと横目の視線だけで彼の顔を見てみると。

 すると――――。

「助かったぜ真、その手があったか……!!」

 真剣な眼差しのまま、戒斗はそれだけを言うと――――とすれば途端に真の手を放し、そのまま学食棟を飛び出していってしまった。

「…………えっ?」

 全速力で駆け出した戒斗の背中が、一瞬の内に視界の中から消え失せる。

 ぽかんとする真は独り学食に取り残され、ただ唖然とするだけ。そうして彼の姿が学食の中から完全に消えてしまった後、真は力の限り叫んでいた。

「なんだよ、なんだよぉ!? っつーかこの後の講義どうすんだよあの馬鹿! おい戒斗戻ってこい! 戻って……戻ってアタシに説明しろーっ!!」

 もう周りの目も気にせず、真はただただ力いっぱい叫んだ。

「………………馬鹿、バカイト」

 ひとしきり叫んだ後でこくんとうつむき、また頬を朱色に染め上げながら……ボソリと、そんなことも真は呟いてみた。

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