第二章:紅蓮と金色と、神姫たちは風に誘われて/03
戒斗とセラの二人がP.C.C.S本部でそんな会話を交わしている頃、アンジェは一人でぷらぷらと散歩に出掛けている最中だった。
特に目的はない。強いて理由を挙げるとすれば……気分転換の為、か。
美雪のこととか、ネオ・フロンティアのこととか。色々あった後だから、アンジェもまた複雑な心境というか。そんな揺れる心を落ち着かせる為に、アンジェはこうして散歩に出掛けているというワケだ。
「ふんふんふーん……♪」
青空の下、肌を撫でる透き通った空気を五感で感じながら……小さく鼻歌なんか歌いつつ、アンジェは通りを行くアテもなく歩く。
そうして歩いていると、横断歩道の傍でキョロキョロとしながら困っている様子の老婆をアンジェは見つけた。
「あの、どうしたんですか――――」
何処までも優しい心の持ち主で、誰よりも芯の強いアンジェ。そんな彼女が困った老婆を見つけて助けようとしないはずがなく。そうやってアンジェは老婆に声を掛けようとしたのだが――――。
「……おばあちゃん、何か困っているんですか?」
しかし彼女が近寄るよりも早く、老婆のすぐ傍に停まって信号待ちをしていたバイク。それに跨がっていた少女が、白いフルフェイス・ヘルメットのバイザーを上げながら、そんな風に老婆へと声を掛けていた。
そのバイク、一九九〇年式のスズキ・RGV250
確かあの時、採石場で彼女が乗っていた――――。
「……! 美雪ちゃん……!?」
バイザーを上げたヘルメット、そこから垣間見える少女の横顔は……確かに、風谷美雪の横顔だった。
まさかこんなところで美雪と出くわすとは思いもよらず、とんだ偶然に驚いたアンジェが立ち止まっている中。美雪は遠巻きに眺めるアンジェの姿に気付かぬまま、老婆と何やら言葉を交わしていた。
「その……道に迷ってしまって」
「道に……? えっと、地図とかは持っていらっしゃらないんですか?」
「生憎と、持っていなくてねえ。かといって近くに交番もないし、どうしたら良いのか分からくなってしまって……」
二人の会話を聞く限り、そういうことらしい。
どうやらあの老婆、道に迷って困っていたようだ。地図も無ければ頼れる交番もない現状、どうしたものかと途方に暮れていたところを、美雪が親切心から声を掛けた……ということらしい。
「……分かりました」
老婆の話を聞いた美雪は、ひとまず跨がっていたバイクを路肩に寄せ。そうして白いヘルメットを脱ぐと、バイクに跨がったままで老婆とまた話し始めた。
「どちらに行かれたいんですか?」
「その、この場所なんだけど……お嬢ちゃん、分かるかい?」
「えっと――――ああ、此処なら分かります。でも結構距離がありますよ? 歩いて行くには、ちょっと辛いかも知れません」
老婆から渡されたメモを見て、行きたい場所を聞いた美雪はうーんと唸った後。仕方ないなといった風に小さく肩を揺らせば、老婆に向かってこんな提案を投げ掛ける。
「……おばあちゃんさえよければ、私がこの場所まで乗せていきますよ?」
「本当かい? でも……何だかお嬢ちゃんに悪い気がするねえ」
「気にしないでください。歩いて行くには遠いですけれど、バイクなら話は別ですから。それに予備のメットもありますし、構いませんよ」
「なら……お言葉に甘えようかねえ」
美雪に予備のヘルメットを渡された老婆は、ありがとうありがとうとお礼を言いつつバイクに跨がり、美雪の背中にしがみつく。
「お嬢ちゃん、本当にありがとうねえ。こんなに親切な子が居るとは思わなかったよ」
「いえ、困った時はお互い様ですから。それに……私も前に、こうして助けて貰ったことがあるんです」
「そうなのかい?」
「はい。どうして良いのか分からなくなった時、途方に暮れていた私を助けてくれたヒトたちが居たんです。だから私が今やっていることは、その真似っこではありませんが……とにかく、私もおばあちゃんのことを放っておけなかったんです。あの時の私も、独りぼっちで辛かったですから」
「…………そうかい。お嬢ちゃんの他にも、そんなに親切で優しいヒトが居るのなら……世の中、まだまだ捨てたものじゃないのかもねえ」
「かも、知れませんね」
美雪は薄い笑顔で老婆にそう返しつつ、自分も白いフルフェイス・ヘルメットを被り直し。とすれば信号が青に切り替わるとともに、風谷美雪は老婆を後ろに乗せたRGV250
「……美雪ちゃん」
走り去っていった、そんな美雪の背中を見送りながら。立ち止まるアンジェは独り、薄く微笑んでいた。
――――――美雪ちゃんは、やっぱり美雪ちゃんなんだ。
神姫の力に目覚め、復讐の鬼に……修羅の戦士に変貌を遂げたとしても、それでも美雪はやっぱり美雪なのだ。今の彼女は以前の彼女と全く違うのかも知れないが、それでも……本質的には、彼女はアンジェの知っている風谷美雪のままなのだ。
それを確信できたからこそ、アンジェは少しの安心感を覚えていた。
そうした安心感を胸の内に覚えながら。何もかもが変わりながらも、しかし根っこのところは何も変わっていない……そんな風谷美雪の背中を見送りながら、アンジェは温かい気持ちに包まれていた。
「美雪ちゃんは、やっぱり美雪ちゃんなんだね」
ひとりごちるアンジェの傍を吹き抜け、真っ白い肌を撫でつけていく風は――――何処までも柔らかく、そして清々しい風だった。
(第二章『紅蓮と金色と、神姫たちは風に誘われて』了)
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