第二章:紅蓮と金色と、神姫たちは風に誘われて/02
そんな真との昼食から数時間後、戒斗はP.C.C.Sの本部ビル地下にある射撃練習場にやって来ていた。
戒斗の立つ射撃ブース、その隣にはセラの姿もある。祝日で今日は学園が休みだった彼女に、午後はこうして射撃練習に付き合って貰う約束をしていたのだ。
「どうかしら、感想は?」
「悪くないな。支給品のMCXも良いライフルなんだが、やっぱりAKは良いモンだな」
「でしょう?
「たまの気晴らしにブッ放すにゃ丁度良いさ」
手にしていた黒い自動ライフルを撃ち終えると、近寄ってきたセラが背中越しに声を掛けてきて。戒斗は振り返りつつ、それに上機嫌そうに言葉を返していた。
――――AK‐74。
戒斗が左手に銃把を握っているそれは、セラのガン・コレクションのひとつ……いわゆるAKライフルの一種だった。
とはいえロシア本国製ではなく、ブルガリアのアーセナル社製のSLR‐104FR、民間用のセミオート(単発)オンリーの一挺だ。銃床やハンドガードも映画でよく見る木製ではなく黒い樹脂製のものだから、見た目の印象はよくあるイメージよりずっと精悍なものになっている。
このライフルは今まさにセラが言ったように、彼女が抱えている膨大なコレクションのひとつで……故郷の合衆国に居た頃、所持していた物らしい。それを今こうして戒斗が借り受け、気晴らしにブッ放しているというワケだ。
それ以外にも戒斗はセラのコレクションから、イタリア製のベネリM4自動ショットガンだったり、或いは民間用のアーマライト・AR‐180自動ライフル……しかも一九七〇年代初期の、貴重な日本の豊和工業製の代物とか。他にも色々あるのだが、戒斗はそんなセラのコレクションを何挺も借り受けては、延々と撃ち比べを続けていた。
言ってしまえば……射撃練習だとかなんだとか理由を付けてはいるものの、要はガンマニアの二人が共通の趣味で楽しみたかっただけのことだ。
「気に入ったのなら、もう三マガジンぐらい撃ってたって構わないわよ? 幸い弾は腐るほどあるから」
実際、そう言うセラも隣の射撃ブースに立ち……羽織る黒革のライダースジャケットの下、左脇のショルダーホルスターから大柄なリヴォルヴァー拳銃を抜き、独り勝手にブッ放し始めている。
――――コルト・アナコンダ。
銀色に光るステンレスの肌と、長い六インチの銃身に……その上に据えられた、ショットガンのような美しいベンチレーテッド・リブが特徴的なリヴォルヴァー。セラが片手で撃ちまくっているそれは、ある意味で長身の彼女に相応しいほどに大柄で無骨な得物だった。
何せ、使う弾は三五七マグナムよりも強力な四四マグナム弾だ。それを平気な顔して片手でブッ放すセラの立ち姿は、まるで映画の中のクリント・イーストウッド……それこそ『ダーティハリー』のようで、凄まじく様になっている。
「なら、お言葉に甘えて」
そんな彼女に頷き返しつつ、手に持っていたAKを一旦射撃ブースの机に置き。空になった弾倉に新しく弾を補充しようとした矢先……またセラの方にチラリと横目の視線を向けた戒斗は、延々とアナコンダを撃ち続ける彼女の姿に奇妙な違和感を覚えていた。
「ん……?」
違和感の原因は、銃把を握る彼女の手だ。
記憶が確かなら、セラはさっきまで右手でアナコンダを握っていたはず。でも今は……目がおかしくなっていないのなら、今のセラは左手で黒いラバー製の銃把を握り締め、アナコンダをブッ放している。
「ひょっとしてセラ、君は……両利きなのか?」
もしかすれば、単に利き手と逆で撃つ練習をしているだけかも知れないと思った。不測の事態に備えて、そういう訓練を積むこともある。
だが……多分そうではないと、戒斗は何気なく感じていて。故にぽかんとした顔で、そんなことを隣のブースに立つ彼女に問うてしまっていた。
「あれ、アンタ知らなかったっけ?」
とすれば、振り向いたセラはきょとんとした顔で、今更かといった風に戒斗に言った。
「知らないな……俺が気付かなかっただけかも知れないが」
「そうだっけ? ……まあ良いわ。そう、その通りよ戒斗。ご明察、アタシは見ての通り両利きなの」
言いながら、セラは左手に握っていたアナコンダを右手に持ち直し。シリンダーラッチを引いて六連発のシリンダー弾倉を左に振り出せば、エジェクター・ロッドを左の手のひらで叩いて空薬莢を排出。新しい四四マグナム弾を六発、パチンパチンと一発ずつ手で込め……再びシリンダー弾倉を銃に戻せば、撃鉄を起こしたそれを今度は右手で構える。
「そうか……だから君のガントレットは、両手同時に出てくるのかもな」
そうして再び撃ち始めたセラを横目に見つつ、戒斗は至極納得したという風に呟く。
「アンジェが左利きだっけ? だったら、ひょっとすると利き手との因果関係はあるのかもね。
ただ……アタシの知り合いにね、両利きじゃないのに両手同時にガントレットを出す
「知り合い?」きょとんとした戒斗が首を傾げる。「他に神姫の知り合いが居るのか?」
それにセラは「ええ」と頷き、
「シャーロット・オルブライト、神姫コバルト・フォーチュン……。アタシの戦友で、アンジェとセイレーンが確認されるまではアタシと二人、殆ど唯一の神姫だったのよ」
と、また空薬莢を叩き落としながらで戒斗に呟いた。
「そうか……」
「ところで戒斗、アンタ明日ってなんか予定あんの?」
そんなセラの答えに戒斗が頷いていれば、小さく振り向いてきたセラが唐突にそんなことを問いかけてきた。
「明日? まあ……特に予定はないが。でも藪から棒になんだってんだ?」
戒斗はその問いに答えつつ、怪訝そうな顔で訊き返す。
すると、セラはそんな彼の傍ら、クルリと手の中で回したアナコンダをジャケットの下、革製のショルダーホルスターに収めながら……金色の瞳で戒斗の顔を見つめつつ、首を傾げる彼にこんな言葉を投げ掛けていた。
「明日一日、ちょっとアタシに付き合ってくれない?」
と、セラは突拍子もないことを戒斗に言う。
戒斗は不思議に思いつつも「まあ構わないが」と頷き返す。
「どうせ、Vシステムも修理中だしな。こんな暇人でよければ、一日ぐらい付き合うさ」
続けてそんな皮肉っぽいというか、自虐じみたことを口にする彼に小さく肩を揺らしつつ。セラは敢えて視線を外しながら、戒斗にこう呟いていた。
「少し……気分転換がしたいの。だから、明日アタシに付き合ってよ」
そう、
「断る理由もない、付き合うさ」
戒斗はそんな彼女にもう一度頷き、続けて「だったら、俺は君を何処に迎えに行けばいい?」と訊いてみるが。しかしセラは「それには及ばないわ」と首を横に振る。
「んん……?」
迎えは要らないと言う彼女を前に、不思議そうに首を傾げる戒斗。そんな彼に対し、セラは悪戯っぽい笑みでこう言ってみせた。
「答えは明日のお楽しみ。とにかく戒斗、明日は家で大人しく待ってなさいな」
と、心なしか嬉しそうな笑みを浮かべながら……セラはそう、不思議そうに首を傾げる戒斗に言っていた。
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