第三章:郷愁は紅蓮の彼方に/01
第三章:郷愁は紅蓮の彼方に
「ん……?」
そして翌日、約束の午前十時頃。自宅の玄関前に立ち、ぼうっと待っていた戒斗の前に――――ボロボロと古めかしい音を立てながら、見慣れない旧式のマッスルカーが滑り込んできていた。
黒く、ドデカいアメ車だ。有紀のコルベットに似たボロボロとした音を立てている辺り、アレと同じく一九六〇年代や七〇年代の……いわゆるオールド・マッスルの車種だってことは、敢えて現物を見なくても分かる。
「待たせたわね、戒斗」
「…………マジかよ」
自宅の目の前に滑り込んできた、そんな黒いマッスルカー。その運転席から降りてきたのは、やはりというべきか……セラフィナ・マックスウェルだった。
ドデカいボディの長いドアを開け、それに負けないぐらいの長い脚を放り出して颯爽と降りてきたセラ。格好は例によっていつもの組み合わせ、黒いタンクトップの上から黒革ライダース・ジャケットを羽織り、下は細身なジーンズといった出で立ちだ。
車から降りてきたセラと、彼女の乗ってきた古いアメ車。戒斗は泳ぐ視線を両者へと交互に動かしつつ……心底驚いた表情を浮かべていた。
――――ダッジ・チャージャーR/T。
セラが乗り付けてきたのは、まさにザ・アメ車といった一台だった。
大柄なボディにゴツい見た目、とてつもなくワイルドな見た目はこれぞアメ車と呼ぶに相応しいだけの筋肉質なルックスだ。
であるが故に映画への出演も多く、最近だと『ワイルドスピード』シリーズ、主人公のドミニク・トレットの象徴的な一台として主役級の扱いを受けているか。
とにもかくにも、セラが乗ってきたダッジ・チャージャーはそんな……どこまでもアメ車らしいアメ車だった。
「スゲえな、チャージャーかよ……六九年式か?」
そんなチャージャーに澄まし顔で寄りかかるセラに、戒斗はかなり興奮気味な調子で話しかけていた。
「馬鹿言ってんじゃないの、七〇年式よ」
「イカすぜ……エンジンは?」
「440マグナム、そこそこ手は入れてるわ」
「良い趣味してるぜ……最高だ」
興奮気味な戒斗と、そんな彼のテンションに半ば呆れつつ……でも満更でもない調子で答えてくれたセラとの会話を整理すると、ざっくりこんな感じだ。
どうやら、セラのダッジ・チャージャーR/Tはレアな一九七〇年式らしい。B‐Body時代のチャージャーとしては最高の年式で、希少価値も相まって今でも高値で取引されている最高の仕様だ。
加えて、エンジンは440マグナム……排気量四四○キュービックインチ、即ち七・二リッターのV8エンジンのようだ。チャージャーというと同じV8でも426
そんなエンジンを始めとして、セラ自身の手で多少なりともチューニングがされているこのチャージャーは……まさに珠玉の一台といえよう。
「にしても、君がこんなので来るとはな」
セラ自身と、彼女のチャージャーとを交互に見つつ。戒斗は尚も興奮冷めやらぬといった調子でセラにそう話しかける。
「何よ、意外だったかしら?」
「正直に言えば、な。君はバイクに乗っているイメージがあったから……想定外といえばその通りだ」
「ま、
「似合うな」
「あら? 嬉しいこと言ってくれるわね」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らしながら、寄りかかるチャージャーの艶めいた黒いボディを撫でながらセラが言う。
実際、セラとこの黒いチャージャーは異様なまでに似合っていた。
黒革のライダース・ジャケットを羽織り、真っ赤なツーサイドアップの髪を揺らすセラ。そんな長身の……一八五センチの超高身長な彼女に、この図体のデカい旧車は本当によく似合っている。まるで最初から誂えたかのように、それこそスクリーンの中のアウトローな主人公のように……セラとダッジ・チャージャーはまさに相性ピッタリな組み合わせだった。
「っつーかさ戒斗、そんなトコに突っ立ってないで、さっさと乗んなさいよ?」
「あ、ああ……それもそうだな」
きょとんとした顔で、クッと背にした自分のチャージャーを親指で示すセラに言われ。それで漸くハッと我に返った戒斗は彼女に言われるがまま、古いチャージャーの助手席へと乗り込んでいく。
アメ車だから当然のように左ハンドル仕様。なので助手席も右側だ。
そんな助手席に戒斗が乗り込むと、続いてセラも運転席に滑り込む。キーを捻ってエンジンを始動すれば、バラバラバラと物凄い音とともに長く広いボンネットの下、骨董品の440マグナム・エンジンが目を覚ます。
「それで、結局聞いてなかったが……今日は何処に行くつもりなんだ?」
「目的地無しのノープランよ、素敵でしょう?」
そうしてエンジンが掛かった頃、今更な質問を戒斗は投げ掛けてみるが。しかし横目の視線を流してくるセラの回答といえばそんなもので。言われた戒斗は大きく肩を竦めながら、皮肉げな、でも何処か楽しそうな笑みを浮かべて……隣のセラに対し、こんな風に返してみせた。
「……ああ、素敵な響きだな」
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