第一章:揺れ動く心、不穏の気配と戸惑いと/01
第一章:揺れ動く心、不穏の気配と戸惑いと
――――超常犯罪対策班P.C.C.S。
対バンディット戦を主目的として、国連主導で秘密裏に結成された特務機関。そんな組織の本部ビルの地下司令室では、総司令官の
こんな面々が石神を囲み、皆一様に難しい顔をして会話を……現状の確認と情報整理も兼ねた話し合いをしている最中だった。
「…………まずは、俺たちの敵に関してのことを改めて整理しておこう」
石神はそう言うと、傍らのデスクに着いていた司令室オペレータ、インカムを付けた若い女性オペレータに目線で指示。石神に頷き返したオペレータが手元のキーボードを叩けば、数秒後には司令室の突き当たりにある大きなモニタ、壁に据えられた三枚の巨大なモニタに、ある画像が映し出されていた。
それは、つい先日に発生した採石場での戦闘。その際に記録された映像データだった。
モニタに映ったのは草色のバッタ怪人、グラスホッパー・バンディットと……明らかにそれを使役しているように見える、紫色を基調としたゴシック・ロリータ風のワンピースを身に纏った不気味な女を映し出した画像だ。
――――
あの場に突如として現れ、自らのことを秘密結社ネオ・フロンティアと名乗ってみせた謎のゴスロリ女。そんな篠崎香菜を写した画像が、石神の指示で司令室のモニタに映し出されていた。
「…………篠崎香菜。P.C.C.Sで調査した結果、どうやら篠崎財閥の関係者であることが分かった」
「篠崎財閥……?」
聞き覚えのない名前に首を傾げるアンジェに、横から有紀が「日本屈指の大財閥さ」と注釈を挟む。
「世界規模の影響力を有する巨大な企業連。それを統括しているのが篠崎財閥であり、篠崎家という一族だ。私の記憶が正しければ、今もあの爺さんが当主の立場にあったかな?」
普段通りの皮肉っぽい表情と語気で言う有紀の言葉を、南が「そうッスね」と肯定する。
「現当主は七一歳の
言って、南は先程の女性オペレータが着いているデスクのキーボードに手を伸ばし、横から手早く操作。すると次にモニタへと映し出されたのは、
恐らくは経済情報誌か何かから抜き出したのだろう写真が、香菜の画像が映し出されているモニタのひとつ隣に浮かび上がる。
その十兵衛の写真と、そして香菜を写した画像を見比べつつ……コホンと咳払いをしてから、石神は改めて皆に告げる。
「恐らく……というかほぼ間違いなく、この篠崎財閥の裏の顔が例の組織、バンディットを使役しているという……秘密結社ネオ・フロンティアなんだろうな」
「相手の身元も、居場所も分かってんなら話は早い。今すぐにでも攻め込めば全部まるっと解決するだろ?」
石神が言った後、戒斗はそう言うが。しかし石神は「君の言うことも尤もだが……」と言ってから、やんわりと彼の意見を否定した。
「敵の規模が未だハッキリと分からない以上、下手に手を出すことは出来ない。何せ相手はバンディットを自在に使役できるような存在だ。通常兵器の効果が薄い相手に、どれだけの大軍勢で攻め込んだところで……いたずらに犠牲者を増やすだけになってしまう」
そう石神が戒斗の意見を否定すれば、今度はセラが横からこんなことを言った。
「だったら、アタシたちで一気に突っ込めば良いんじゃない?」
だが、それも石神は首を横に振って否定する。
「セラくんの意見はある意味で正しい。だが……相手の規模も戦力も分からない以上、それも無理だ。それこそ貴重な神姫を全員失ってしまう結果……最悪の結果に繋がりかねないからな。俺は皆の
すまない、と言いたげな顔で石神がセラに言った後、そのまま誰も口を開くことはなく。司令室には暫くの間、どうにも居心地の悪い沈黙が漂っていた。
――――――どうするべきか。
正直言って、未だ誰にもその答えは出せないでいる。
あくまで自然現象の一種だと思っていた、バンディットという異形の怪人の存在。しかしそれは……未だ推論の域は出ないものの、人為的に生み出された存在であるということがほぼ確定してしまっている。突如として現れ、宣戦布告した謎の秘密結社…………世界征服なんてベタにも程がある野望を掲げた、ネオ・フロンティアによって。
――――秘密結社ネオ・フロンティア。
一応P.C.C.Sの方でも調べはしたが、しかし分かったことは篠崎香菜が日本屈指の大財閥・篠崎財閥を仕切る一族の人間であるということと、ほぼ間違いなくその篠崎財閥がネオ・フロンティアの母体……いいや、表向きの顔であるということだけだ。
それ以外のことは、未だ謎に包まれたまま。バンディットとは何か、そもそもヒトの手で使役できる存在なのか。相手の規模も、戦力も……何もかもが、謎に包まれたままだ。
だからこそ、皆は沈黙の中でどうするべきか唸りながらも、未だ答えを導き出せないでいたのだ。
「…………とにもかくにも、引き続き調査を続けていく必要があるな」
そんな重い沈黙を破るかのように、石神は改まった調子で皆に言う。
「まあ、面倒な調査は俺たちに任せてくれ。戒斗くんにアンジェくん、そしてセラくんの三人には今まで通り、引き続きバンディットが出現した際の対処を頼む」
「了解だ、司令」
「分かりました」
「ま、その通りよね。敵の存在が明確になったところで、アタシたちのやるべきことは変わらないもの」
戒斗にアンジェ、そして最後にセラが石神の言葉にそう言って頷く。
そんな三人に頼んだ、と腕組みをしながら自分も頷き返しつつ、石神は視線を有紀の方に向け。そして彼女にこんな問いかけを……今までの話題とは全く別の問いかけを、まるで話をガラッと切り替えるように投げ掛けていた。
「そういえば有紀くん、破損したVシステムの修理状況はどうなっている?」
「修理の方は既に八割方完了しているよ。そのついでに、やろうやろうと思っていて、でもやれていなかった改良も施しておいた」
「改良……だと?」
「何のことだよ、先生?」
答えた有紀に、石神と戒斗が揃って首を傾げる。
そんな風に二人仲良く首を傾げる戒斗たちを見つめながら、有紀はフッとニヒルな笑みを浮かべて。そうしながら、不思議そうに疑問符を浮かべる二人にこう答えていた。
「戒斗くんが今まで蓄積してくれていた戦闘データを元に、システム自体の問題点を洗い出したんだ。良い機会だから、修理するついでに改良してしまおうってことさ」
「具体的に聞かせてくれるか、有紀くん」
そう言う石神に、有紀は「言われなくても」と頷き。その後で、Vシステムの……戒斗の纏う漆黒の重騎士『ヴァルキュリア・システム』の改良とやらについて、具体的な説明を始めてくれた。
「まずはシステムの複合装甲を少しだけ見直してね。軽量化と耐久力の上昇を施しておいた。それ以外には、関節部分のサーボモーターや人工筋肉、つまりは駆動系も改善する予定だから、前よりも格段に動きやすくなるはずだよ。
加えて、制御OSの方もアップデートしておいた。実を言うと元から改良版のOSは出来てたんだけれど、でもVシステムを急遽、実戦投入してしまったからね……アップデートが間に合わず、ずっと出来ずじまいだったんだ。出動回数もかなり多かったからね」
「なるほどな。俺としちゃあ、前より戦いやすくなるなら大歓迎だ」
納得するように頷く戒斗に「間違いなく、以前より戦いやすくなるよ」と有紀はニヤリとして、更に話を続けていく。
「あと……やっとこさアサルトアーマーも完成したから、それにも対応出来るようにしておいたよ」
「アサルトアーマー……?」
「おお、遂に完成したのか」
聞き慣れない単語に首を傾げる戒斗の傍ら、どうやら事情を知っているらしい石神が感心したような声を上げる。
有紀はそんな二人に「そう、完成したんだ」と言った後で、そのアサルトアーマーとやらの説明を……主に事情を知らぬ戒斗に対して始めた。
「アサルトアーマー、Vシステム用の増加装甲パッケージ……身も蓋もない言い方をしてしまえば、フルアーマー装備だね」
「……ああ、そういうことか」
フルアーマー装備の一言で全て察した戒斗に、有紀は「そういうことだよ」と頷き返して肯定する。
「つまりはフルアーマー対応の強化型、謂わば
――――有紀曰く、そういうことらしい。
複雑な話になってしまったが、要約するとこんな感じだ。
先日の戦闘で破損したヴァルキュリア・システムを修理するにあたって、有紀はついでに改良も施した。内容は耐久力の上昇と軽量化、後は動かしやすくなったことと、制御OSのアップデート。それにプラスして、後付け強化装備の増加装甲パッケージ、アサルトアーマーとやらにも対応するようにしておいたと。
…………簡単に話を整理すると、こんな感じだ。
「よくこの短期間でそれだけのことが出来るモンだ……流石だな、先生」
そんな、有紀が説明してくれたVシステムの一連の改良点。それを聞いた戒斗が感嘆していたが……しかし有紀はフッと皮肉っぽい笑みを浮かべると、平然とした顔でこんなことを呟いていた。
「ああ、全部助手くんが急ピッチでこなしてくれているからね」
と、有紀はしれっと大変酷いことを口にする。
「ホントに勘弁してくださいよ、主任…………」
そうすれば、平然とした顔で言う有紀の傍らで、南が物凄い疲労困憊気味な顔で肩を落としていた。
そんなグロッキーな顔のまま、南はVシステムの改修に関する補足説明を……主に戒斗に対して手早く話し始める。
「アサルトアーマーの概要は、今まさに主任が言った通りッス。装着時の型式番号はXVS‐01FA、主に多数のバンディットに対する継続戦闘を主眼に置いた増加装甲っスよ。構想自体はVシステムの開発当初からあったんスけど、開発にはどうしても本体の運用データが必要で……だから戒斗さんが良質な戦闘データを蓄積してくれた今、やっと作ることが出来たってわけッスよ」
「なるほどな。でも頑丈になる分、動きにくくなるんじゃないか?」
「それは……その通りッスね。防御力が格段にアップする他、携行弾数や兵装数の増加、増設された強化サーボモーターによる最大荷重の増大といった利点もあるッスけど……どうしても動きは重くなっちゃいますね。何せフルアーマーッスから」
「使いどころは……難しそうだな」
「そうッスね」
アサルトアーマーに難色を示す戒斗と、それに同意する南。二人が頷き合っている中、石神がコホンと咳払いをして……敢えて逸らしていた話の方向性を、また元の軌道へと引き戻す。
「とにかく、敵は我々が想像しているよりも遙かに強大な相手であることには間違いない。セラくん、戒斗くん、それにアンジェくん。他の皆も、くれぐれも気を引き締めて掛かってくれ。風谷美雪の問題も含め、俺たちも引き続き全力で調査に当たる」
「美雪ちゃん……」
「……美雪」
締め括る石神の言葉を聞きながら、アンジェと戒斗の二人は彼女の名を……神姫として再び現れた、風谷美雪の名を呟く。
「…………」
そんな風に俯く二人を横目に、セラは独り黙りこくったまま。ただそっと目を細めていた。
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