第一章:揺れ動く心、不穏の気配と戸惑いと/02

 それから少し後。P.C.C.S本部を出た戒斗は、アンジェとともに実家でもある純喫茶『ノワール・エンフォーサー』に戻っていた。

「お二人とも、おかえりなさい」

 カランコロンとベルの鳴る扉を潜り、店の中へ。ガランとした店の中、そう言って二人を微笑みとともに出迎えてくれたのは、やはり間宮まみやはるかだった。

「ただいま、遥」

「遥さん、ただいまーっ」

 出迎えてくれた遥にアンジェと二人で挨拶を返しつつ、戒斗は珍しく客の居ない店の中、アンジェと一緒にカウンター席に着く。

「それで遥、例の話なんだが――――」

 そうしてカウンター席に着いた後、戒斗は遥に対してそう話を切り出した。

 話す内容は、やはり現れた謎の敵……秘密結社ネオ・フロンティアに関してのことだ。今日P.C.C.S本部に出向いて、新たに分かったことを遥に説明する形で……戒斗は改めて、ネオ・フロンティアに関してのことを彼女に話した。

「それで、遥……何か思い当たる節はないか? 奴らは君のことを知っていたみたいだが……」

 そうした会話の中、戒斗は最後にそう遥に問いかけていた。

 だが、遥は少しの間を置いた後で「……分かりません」と首を横に振り、

「でも……いつか何処かで、私が彼らと戦っていたことは分かります。まだ記憶は戻っていません。けれど……分かるんです。私が彼らを、秘密結社ネオ・フロンティアを倒さねばならないと……それだけは、私の中の何かが強く訴えかけてきているんです」

 と、ありのままの言葉でそう述べていた。

「そうか……」

 ひょっとしたらネオ・フロンティアの出現が、遥の記憶を取り戻す切っ掛けになるかもと思ったが、どうやらそうはならなかったらしい。

 戒斗は小さく肩を落としつつ、目の前にあるティーカップを手に取り、遥が淹れてくれたアールグレイの紅茶に小さく口を付ける。

「それもだけれど……美雪ちゃんのことも、心配だよね」

 そうして戒斗が紅茶に口を付ける傍ら、彼の横で同じく紅茶を飲んでいたアンジェがポツリ、と呟いていた。

「……ああ、そうだな」

 戒斗は僅かにうつむきながら頷いて、持っていたティーカップをコトン、とソーサーの上に置く。

「美雪のことも、気掛かりだよな……」

「はい……あの神姫、ジェイド・タイフーンは確かに美雪さんでした」

「どうしちゃったんだろう、美雪ちゃん……」

 遥とアンジェが心から案じた顔をする傍ら、天井を見上げた戒斗は独り「復讐……か」と遠い目をして呟く。

「美雪の気持ちは分かる。痛いほどに、な……」

 実際、戒斗は美雪の気持ちを……言葉通り、痛いほどに理解していた。

 理解出来るのは、彼もまたあの現場に居合わせていたからだ。自分の大切な誰かの、あんなに無残な死に様を目の当たりにしてしまえば……美雪が復讐の鬼となってしまうのも、無理もない話だ。

 自分が同じ立場だとしたら、きっと……いいや、間違いなく復讐の鬼になっているだろうと戒斗自身、確信している節はある。もし自分が彼女と同じ立場だったとしたら、きっと自分は銃を取っていただろうと戒斗は思う。美雪が神姫ジェイド・タイフーンとして復讐を誓ったように、自分もまた……修羅の道を歩んでいたのだろうと、戒斗は内心で確信を抱いていた。

 だからこそ、戒斗は美雪を責められない。彼女の気持ちが、本当に痛みを伴うほどに理解出来てしまうから…………。

「あんなことがあったんだもんね、仕方ないかもだけれど。でも……でも、美雪ちゃん」

 そんな風に遠い目をして天井を見上げる戒斗の傍ら、アンジェもそう呟いていて。今にも泣き出しそうな声で呟く彼女の肩をそっと抱き寄せつつ、戒斗はまた遠い目をして呟く。

「あの時、俺もまさかと思ったんだ。だが……本当に、美雪が神姫になっちまうとは」

「今何処で、何をしているんだろう……?」

 肩を抱き寄せてくれた戒斗の身体にそっと寄りかかりながら、呟いたアンジェ。そんな彼女に戒斗は「さあな」とぶっきらぼうな調子で返し、

「ただ、あの時の美雪は……どうしようもないぐらいに、悲しい眼をしていた」

 と、やはり此処では無い何処か遠くを見つめるような、そんな遠い目で呟いていた。

「…………」

 そんな二人の会話を聞きながら、遥はカウンターの奥に無言のまま立っていた。ただ話を聞くだけで、敢えて自分は口を挟まないようにして。

 だが、そうしていると――――ふとした折に、遥の頭にはなんの脈絡もなく、聞き覚えのない誰かの名前が過ぎっていた。

「――――!?」

 …………北條ほうじょう美桜みおん青葉あおば瑠衣るい来栖くるす紫音しおん。そして――――伊隅いすみ飛鷹ひよう

「ぐっ…………!?」

 その名前が頭を過ぎった瞬間、遥は鋭い頭痛を覚えて顔をしかめる。

 痛みのあまり、思わずそのまま頭を抱えながらうずくまってしまい。そんな風に頭を抱えてしゃがみ込んでしまった彼女を見て、戒斗は「どうした?」と心配そうに声を掛ける。

「いえ、何でもありません。少し目眩がしたもので……」

 だが、すぐに頭痛は治まり。遥は立ち上がると、心配そうに見つめる戒斗と、そしてアンジェにそう言って誤魔化した。

(今のは、一体…………?)

 頭に過ぎった、聞き覚えのない四人の名前。でも不思議と温かい気持ちになる名前。同時に奇妙なまでの哀しさも覚えてしまう、聞いたこともない誰かの名前…………。

 その四人の名前は、間宮遥と……そして、彼女ではないもう一人の彼女を繋ぐ道標。封じられた遠い彼方から聞こえてきた、遠い日の呼び声だった。彼女も知らない彼女自身と、今の彼女を繋ぐもの。

 ――――――綻びは、確実に始まっていた。

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