Chapter-05『オペレーション・デイブレイク』

プロローグ:風の赴くがままに

 プロローグ:風の赴くがままに



「――――はい、交戦に際して三人の神姫と遭遇。その内の二人の身元は判明しています。両方とも、私の知り合いでしたから」

 何処かの堤防沿いの道、夕暮れ時。路肩に停めた青と白のバイク……一九九〇年式のスズキ・RGV250Γガンマに寄りかかりながら、西の彼方に沈んでいく茜色の夕陽を眺めながら――――風谷かざや美雪みゆきは独り右耳にスマートフォンを当て、誰かと話している最中だった。

「ただ、あと一人だけは……師匠にも写真をお送りした、この蒼い神姫だけは、依然として身元不明のままです」

『…………いや、誰かはもう分かっている』

 スマートフォンのスピーカーから聞こえてくる、トーンの低い女の声。それに美雪が「本当ですか?」と訊き返すと、その女――――美雪の師匠だという彼女、伊隅いすみ飛鷹ひようは『ああ』と頷き返してから、美雪にこう答えた。

『……懐かしい顔だ。何処かで生きているだろうとは思っていたが、まさか美雪、お前が出くわすとはな』

「師匠のお知り合い……ということでしょうか」

 不思議そうな顔で問う美雪に、電話越しの飛鷹は『そうなるな』と頷いて肯定する。

『生きていてくれたんだな……美弥みや

 その後で飛鷹がボソリ、とこんなことを、何処か昔を懐かしむような声音で呟くから。その名を耳にした美雪が「美弥?」と怪訝そうに首を傾げる。

 だが、飛鷹は『……なんでもない』と呟くのみで、多くを美雪に語ろうとはしなかった。

『それより美雪、ネオ・フロンティアが現れたというのは本当なんだな?』

「はい。幹部の一人、篠崎しのざき香菜かなを確かにこの眼で見ました。生憎と取り逃がしてしまいましたが……でも、次こそは必ず私が仕留めてみせます」

『焦るな、美雪。奴は組織の幹部であると同時に、篠崎しのざき十兵衛じゅうべえが……ソロモンが統べる七二体の特級バンディットの一人でもある。私たちがこっぴどくやられた相手だ……仕掛けるにしても、今はまだその時じゃあない』

「それは……私の実力がまだ及ばないからと、そういうことですか師匠?」

 何処か不満げな声で言う美雪に、飛鷹は『そうじゃない』と諭すような口調で言う。

『お前の実力は、私の眼から見ても既に相当な領域にある。あの頃の私や瑠衣るい、或いは紫音しおんさんに匹敵するだけの力を……美雪、お前はもうとっくに身に着けているんだ。お前の神姫としての才能は本物だ、それはこの私が保証する』

「だったら、どうして……!」

『まだ時期尚早すぎる。私が今まで、何のために世界中で奴らと戦ってきたと思っている?』

「……それは」

 言葉を詰まらせる美雪に、電話越しの飛鷹は僅かな間を置いてから……やはり諭すような口振りでこう言った。

『奴らの力を、ネオ・フロンティアの力を少しずつ削いでいく為だ。美雪、奴らはお前が思っている以上に巨大な敵なんだ。決して油断していい相手ではない』

 飛鷹に諭されて、美雪は「…………分かりました」とささやかな声で頷き返す。

 ――――秘密結社ネオ・フロンティア。

 まさに美雪や、そして彼女の師匠である伊隅飛鷹が対峙している強大な敵。世界を覆い尽くそうとしている巨大な闇……。

 そんな敵を前にして、焦りは禁物だという飛鷹の言葉は美雪にも十分に理解出来ていた。加えて、自分が功を焦りすぎていたことも。

 何せ、ネオ・フロンティアは美雪にとって家族の仇も同然なのだ。両親と妹を直接手に掛けた異形の怪人、スコーピオン・バンディットこそ彼女自身の手で倒せたが……それでも、元凶たるネオ・フロンティアを討ち滅ぼさなければ何の意味もない。

 だからこそ、美雪は自分自身でも気付かぬ内に焦ってしまっていたのだろう。スコーピオンを自分の手で葬り去れたことで、いつの間にか舞い上がっていたのかも知れない。

 それを自覚しつつ――――それでも美雪は、はやる心をどうにも抑えられそうにない。胸の内に沸々と復讐の炎を燃え滾らせる彼女にとって、それだけが……今も生きている、ただひとつの理由なのだから。

「だから、師匠は今も東南アジアに。……いつ頃、戻られるんですか?」

 それでも、飛鷹が言っていることは尤もだ。

 故に美雪はそんなはやる心を理性で律しつつ、敢えて話題を変えるようなことを自身の師匠に問うていた。今まさに、東南アジアでネオ・フロンティアと熾烈な戦いを繰り広げているであろう、尊敬すべき彼女――――伊隅飛鷹に。

『分からんな。この場所のネオ・フロンティアの支部は、私が思っていた以上に規模が大きく……それに、影響力も計り知れない。討ち倒すにはもう暫く時間が掛かりそうだ』

「必要でしたら、私もそちらに」

『馬鹿言え、必要ない。確かに相手は強大だが、倒せない相手じゃあない』

 必要であれば助力に馳せ参じようと、そう言う美雪の提案を飛鷹は少し強い語気で一蹴し、

『それに美雪、お前には日本での活動と……それに他の神姫、加えてP.C.C.Sの監視を任せたはずだ。それがお前の役目、お前はそっちに集中すればいい。私もいずれ戻る。瑠衣や皆のためにも、必ず生きて……な』

 続けてそう、やはり諭すような調子で飛鷹は愛弟子に、美雪に電話越しでそう言ってみせた。

「師匠……分かりました。でも、どうかお気を付けて」

 美雪はそんな飛鷹に頷き返しつつ、最後にやはり師匠の身を案じるような言葉を口にする。

 そんな風に心配してくれる愛弟子の想いに、飛鷹はフッと微かな笑みを浮かべつつ。

『心配するな、私は不死身だ』

 最後に力強くそう告げて――――そのまま、電話を切ってしまった。

「……ふぅ」

 電話の切れたスマートフォンを懐に収めつつ、美雪は小さく息をつきながら、遠くの夕陽を眺めながら……肌を撫でる柔な日没の風に吹かれつつ、独り呟いていた。

「秘密結社ネオ・フロンティア……必ず、私がこの手で叩き潰す」





(プロローグ『風の赴くがままに』了)

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