エピローグ:果てしなき戦いの中へ

 エピローグ:果てしなき戦いの中へ



 一瞬の内に、風谷美雪はグラスホッパー以外の全ての敵を倒してしまった。

 ――――圧倒的。

 そう、美雪の戦いぶりは圧倒的と言わざるを得ないほどのものだった。

 この勢いが、この猛烈な闘志が美雪の何処から湧き出てきているのか。それを自ずと分かっているからこそ、彼女の戦いを見つめていた皆は言葉ひとつ発せぬままに……ただ、彼女の復讐が果たされるのを見守っていることしか出来なかった。

(決着を付けるなら……今が、好機!)

 だが、そんな中に在っても間宮遥だけは冷静さを失っていなかった。

 美雪がスコーピオンと戦っている間も、ずっとグラスホッパーと刃を交えていた彼女は……美雪の戦いぶりを横目に見つつも、同時に復活したグラスホッパーも仕留めてしまおうと、一気に勝負に出た。

「ハッ!!」

 鋭い斬撃の五連撃でグラスホッパーを怯ませ、その隙に遥は聖剣ウィスタリア・エッジの刀身に蒼の焔を纏わせる。

「懺悔とともに――――眠りなさい!!」

 そうすれば、蒼の焔を纏わせたウィスタリア・エッジを振るい……焔を纏った真っ青な光の刃をグラスホッパー目掛けて放つ。

 ――――『セイレーン・ストライク』。

 神姫ウィスタリア・セイレーン、基本形態セイレーンフォームの必殺技。それを放ち、遥は一気にグラスホッパーも倒してしまおうとしたのだが。

「シュルルルル…………」

 しかしグラスホッパーはすんでのところでその蒼き光の刃を回避すると、そのまま大きく彼方へと飛び退いていく。

「くっ!!」

 グラスホッパーを取り逃がしてしまったことに、遥が歯噛みするのも束の間……グラスホッパーが飛び退いた先に、一台のヨーロッパ製の超高級スーパーカーが滑り込んでくる。

 二〇一九年式のマクラーレン・720Sスパイダー。紫色の……ランタナ・パープルという色合いの艶やかなボディをしたスーパースポーツが、何故かグラスホッパー・バンディットの傍に滑り込んできていた。

 日本円して四千万円クラスの、英国製の超高級車だ。そんなものが、何故わざわざバンディットの傍に滑り込んで来たのか……。また、何故グラスホッパーはそれを運転する者を襲おうとしないのか…………。

 美雪以外の一同が当惑する中、グラスホッパーは何故だかそのマクラーレンの傍らにかしづくではないか。

 まるで、王女を待ち侘びる近衛騎士のように、グラスホッパー・バンディットはマクラーレンの傍にうやうやしい身振りでかしづく。

 そうすれば、ガチャンとドアが開いて。そうして運転席から降りてきたのは――――ゴシック・ロリータ風の出で立ちをした、奇妙な女だった。

「貴女は……一体!?」

 そんなゴスロリ女を目の当たりにして、戸惑った遥は思わず声を掛けてしまう。

 戸惑うのは遥だけでなく、他の皆もだ。倒れた戒斗と彼を抱き抱えるアンジェ、そして二人を守るようにゴスロリ女との間にシールドを構えて立つセラもまた、遥と同じように戸惑った顔をしていた。

 ………………ただひとり、風谷美雪だけを除いて。

「ふふっ、ごきげんよう皆様」

 そんな風に美雪以外の全員が戸惑っていると、その女――――紫色を基調としたゴシック・ロリータ風のワンピースを着こなす、焦げ茶のショートボブの髪を揺らす小柄な女が、そう言って皆に上品な微笑みを振りまく。

「お初にお目に掛かりますわね、ウィスタリア・セイレーン、ヴァーミリオン・ミラージュ、ガーネット・フェニックスに、P.C.C.Sの騎士ナイトさん。そして……ジェイド・タイフーンでしたか、貴女は」

「……………現れたな、秘密結社ネオ・フロンティア」

 ニコニコと笑顔を振りまきながら話しかけてくる女を前に、美雪はギロリとそのゴスロリ女を睨み付けながら低い声で凄む。

 どうやら、美雪は彼女が何者かをある程度心得ているようだ。

「ネオ・フロンティア……?」

 そんな二人の会話を聞きつつ、アンジェが首を傾げる。

「セラ、知ってる?」

「アタシが知るワケないでしょう!?」

 首を傾げたアンジェが問いかけてみると、セラは余裕のない顔で彼女に怒鳴り返していた。

 ――――緊張感。

 この限界まで張り詰めた緊張感の中、セラは自然と余裕を失ってしまっていたのだ。

 それほどまでに、あのゴスロリ女は不気味で……得体の知れない相手。あんなに上品な微笑みを振りまいているというのに、彼女は異様なまでの……それこそ、セラが戦ってきたどのバンディットよりもおぞましい気配を漂わせていた。

 それを肌で感じ取っているからこそ、セラは完全に余裕を失ってしまっていたのだ。少しでも油断を見せれば、その一瞬の隙に付け込まれてしまうと……本能が、激しく警鐘を鳴らすが故に。

「…………何処かで、聞いた覚えが」

 そんな二人の傍ら、遥は今まさに美雪が口にした言葉。『秘密結社ネオ・フロンティア』という言葉が頭の隅に引っ掛かっていたのだが。

「あら、セイレーンったら覚えていらっしゃらないの?」

 引っ掛かりを覚えた遥が首を傾げた途端に、ゴスロリ女は本気で意外そうな顔を浮かべて遥にそう言っていた。

「私としましては、貴女が生きていらっしゃったこと自体が驚きだというのに。……ひょっとして、記憶喪失なのかしら?」

「っ!!」

 何もかもを、見透かされたような気がして。

 気付けば遥は、嘲笑うような視線を向けてくるゴスロリ女をキッと睨み付け、聖剣ウィスタリア・エッジの切っ先を彼女の方へと突き付けていた。

「貴女が何者かは知りませんが、バンディットを使役している以上……タダでは帰しません!」

「あらあら、お怖いことを仰るのね。……ねぇ、ジェイド・タイフーン? 貴女もそうは思わなくて?」

「……………知れたこと。私の復讐はまだ終わっていない。私のこの手でバンディットを一匹残らず倒し……そして、秘密結社ネオ・フロンティア! お前たちを滅ぼす日まで……私の復讐は、終わらないッ!!」

「ふふふ、皆さんお熱いことですね」

 遥の静かな気迫と、美雪の身を焦がすような殺気。

 しかしゴスロリ女はそれを真っ正面から浴びても、尚も笑みを絶やさぬまま。嘲笑うような笑顔を皆に振りまきながら、一切余裕を崩そうとしない。

「名を名乗りなさい!」

 そんなゴスロリ女に対し、遥は珍しく声を荒げて凄んだ。

 すると、凄まれたゴスロリ女の方は「これはこれは、私としたことがとんだ失礼を」とわざとらしく言い……そして、自らのことを皆にこう名乗ってみせた。

「――――私は篠崎しのざき香菜かなと申します。ネオ・フロンティアでは技術開発部門の顧問をしておりまして。以後、お見知りおき頂ければと」

 ワンピースの裾を両手で摘まみ、まるで社交界の挨拶のようにわざとらしく、恭しくこうべを垂れてみせるゴスロリ女……いいや、篠崎香菜。

 そんな香菜を、遥はキッと鋭く睨み付けていた。美雪もまた彼女と同様に、殺気を込めた視線を香菜にぶつけている。

「見知りおく必要などない! 貴様は今、この場で私に殺されるのだから!!」

 そうすれば美雪は叫び、地を蹴って香菜に飛びかかった。

 猛烈な勢いの、とんでもない速度を乗せた飛び蹴りだ。あんなものを生身の人間が喰らったら、即死どころじゃすまない。それこそ血煙になって消えてしまうだろう。

 それぐらいの威力を乗せた飛び蹴りを、美雪は香菜目掛けて放ったのだが……しかし、その蹴りを香菜の傍にかしづいていたグラスホッパー・バンディットが防いでしまった。

「くっ!!」

「無駄ですわ、ジェイド・タイフーン。そのグラスホッパー・バンディットは以前と同じではありませんもの」

 グラスホッパーに防がれ、弾かれたみたいにバック宙気味に飛び、膝立ちの格好で着地した美雪を見下ろしながら……香菜が嘲笑う。

「以前……そちらの男性に倒されてしまった時には、まだ下級でしかありませんでしたが。しかし今回こうして再生するに当たって、身体の方にも相応の強化改造を施しまして。そうですわね……中級バンディット程度には強くなっておりますの。生半可な攻撃では、彼に傷ひとつ付けることは叶いませんわよ?」

「だったら……! サイクロン・コンバート!!」

 嘲笑う香菜の視線を睨み返すことで跳ね返しながら、美雪はまた腕を身体の下でクロスさせ、風のエネルギーをチャージ。

「喰らえ、タイフーンシュートッ!!」

 美雪はそのままグラスホッパーの懐に飛び込むと、風のエネルギーを集めた右足での回し蹴りを……必殺技『タイフーンシュート』を再び放った。

「シュルルルル…………!!」

 これはマズいと思ったのか、グラスホッパーは飛び込んでくる美雪に対して逃げの態勢を取っていたが。しかし圧倒的な美雪の踏み込みを前に、逃げ切ることは叶わず。蹴りの直撃こそ避けたが……しかし、彼女の右足が掠めた左腕、その肘から下が千切れ飛んでしまった。

「シュルル、ルルル――――!!」

 左腕が吹っ飛べば、グラスホッパーは苦悶の声を上げながらその場にうずくまる。

「あらあら……予想以上の強さですわね。流石にスコーピオンを瞬殺しただけのことはありますわ」

 が、間近で見ていた香菜は驚きもせず。寧ろ楽しげに微笑んでみせた。

「何を笑っている!」

「だって、楽しいじゃありませんの?」

「貴様――――とうッ!!」

 更に続けて美雪は、今度は生身の香菜に対して回し蹴りを放ったが……。

「無駄ですわよ?」

 しかし、香菜は逃げも隠れもせず。スッと手を掲げるだけで、その場から一歩も動かない。

 ――――取った。

 美雪は確かに、香菜の首を取ったと確信していた。

「くっ……!?」

 だが、彼女の右足が香菜の首を飛ばすことは無く。回し蹴りを放った美雪の右足は、香菜の周りに展開した謎の障壁によって阻まれてしまっていた。

 香菜が手を掲げた瞬間、彼女の周りに半透明な防壁が展開したのだ。それこそ、SF映画でありがちなエネルギーフィールドのような何かが。

 その防壁に、美雪の蹴りは弾かれてしまっていたのだ。

「貴様、卑怯な……!!」

「今日はご挨拶に参っただけですわ。貴女がたと剣を交えるつもりはありませんの。

 …………それでは皆様、ごきげんよう。お互いに相容れぬ存在である以上、いずれまたこうして相見えることもありましょう」

 言って、香菜はペコリとお辞儀をしてこの場から去ろうとする。

 踵を返して歩き出した、そんな香菜の背中に向かって……アンジェに抱き抱えられたまま、戒斗は力の限り叫んでいた。

「ネオ・フロンティアとか言ったな! お前の……お前たちの目的は何なんだ!?」

 すると、立ち止まって振り返った美雪はニッコリと微笑み。淑女のように恭しい態度で、戒斗に……この場に居合わせた全員に向かってこう言った。まるで、宣戦布告をするかのように。

「何って――――――世界征服ですわよ?」

 笑顔でそう言った後、香菜はマクラーレンに乗り込み、この場を去って行く。

 片腕を失ったグラスホッパーもそれに続き、香菜とともにこの場から離脱していった。

「世界征服……か」

「馬鹿馬鹿しい、何なのよアイツら……!!」

「でも、凄く強かったね……」

 そうして香菜が去って行った後、採石場に残された戒斗は反芻するみたいにひとりごちて。セラは苛立ちを露わに呟き、そしてアンジェは疲れた顔でそんな言葉を囁く。

「…………秘密結社ネオ・フロンティア。貴様らは必ず、この私の手で滅ぼしてやる」

 そんな三人の傍ら、美雪は呪詛のようなことをひとりごちると、変身を解除し。そのまま乗ってきたバイクに跨がると、真っ白いフルフェイス・ヘルメットを被り……この場から走り去って行ってしまう。

 そして、独り立ち尽くす遥といえば――――――。

「秘密結社ネオ・フロンティア……私は、いつか何処かで彼らと戦っていた…………?」

 記憶に無い自分の過去に、向こうからやって来た過去のしがらみに。今はただ、ただただ思い悩むことしか出来なかった。

 ――――――自分は、何処から来て。そして何処へ行こうとしていたのか。

 分からない。分からないが……でも、やるべきことは分かった気がする。

「…………私は、貴方たちを決して許しません。秘密結社ネオ・フロンティア、私が必ず……この手で」

 それは、神姫ウィスタリア・セイレーンとして、自分がやるべきことだと。記憶は消えても――――胸の奥底に眠る魂が、胸に繋いだ光が。そう、強く訴えかけてきていた。





(Chapter-04『復讐の神姫、疾風の戦士ジェイド・タイフーン』完)

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