第十二章:苛烈なる戦いの嵐の中で/01

 第十二章:苛烈なる戦いの嵐の中で



「くっ……!」

 そんな現場に真っ先に到着した遥は、ZX‐10Rのバイクを派手に横滑りさせながら停めつつ。現地の惨状をヘルメットのバイザー越しに見て……小さく歯噛みをしていた。

 ――――凄惨。

 彼女が目の当たりにした県警本部ビル前の様相は、そう表現する以外に喩えようがないほどのものだった。

 地面には大きな血溜まりが数え切れないぐらいあって、そこに制服警官や私服刑事、それにSATの隊員や……援護に駆けつけたP.C.C.Sの実働部隊、STF隊員の遺体までもが無数に転がっている。

 無論、まだ抵抗を続けている者たちは多く、そして人間だけでなくバンディットの……量産型のコフィン・バンディットが倒れている姿も見受けられはしたが。しかし彼らが撃破したコフィンの数はたったの二〇体前後。今もまだ八〇体以上のコフィンが生きていて、統率役のグラスホッパーとともに一人、また一人と次から次に警官たちを殺し続けている。

「やはり、一歩遅かったですか……!!」

 そんな光景を目の当たりにして、遥はヘルメットの中で悔しげに呟く。

 ――――間に合わなかった。

 出来ることなら、一人の犠牲者も出さずに敵を倒したかった。誰かが死ぬところなんて、そのせいで誰かがまた涙を流している姿なんて……もう、見たくなかったから。

 でも、間に合わなかった。

 そのことを遥は悔しく思いつつも、しかし同時にこうも思っていた。自分にはどうしようもないことだった……と。

 一人の手が届く範囲なんて、結局のところ限られてしまっているのだ。例え神姫の力を有していようが、それは変わらない。普通の人間より手が届く距離が多少伸びるだけの話だ。自分一人で全てを守りきることなんて……どうやったって、出来やしない。

 ――――だと、するのなら。

 だとすれば、自分のやるべきことは――――これ以上の狼藉ろうぜきを、許さぬことだけだ。ヒトにない力を持つ者として、神姫として。

「酷い、こんなこと……許さない!!」

 遥は内心で強くそう思いつつ、ヘルメットを脱いでバイクから降り。その場で右手を胸の前に構える。

「許さない、絶対に……!!」

 すると、彼女の静かな怒りに呼応するかのように閃光が迸り――――遥が構えた右手の甲に、蒼と白のガントレットが出現する。

 ――――セイレーン・ブレス。

 間宮遥が神姫たる証が出現すれば、彼女はそのまま静かに構えを取る。

「ハァァッ……!!」

 両腕を大きく斜めに広げ、そのまま時計回りに回しつつ……左手を腰に引くのと同時に、バッと手の甲を見せつけるように右手を斜めに構える。

 呼吸は深く、身体の内側で気を練るように。この感情を、静かなる怒りを昂ぶらせるように――――!!

「チェンジ・セイレーン!!」

 そして、彼女が叫ぶと――――鼓動のように高まる唸り声とともに、ブレスのエナジーコアから迸った強烈な閃光が遥の身体を包み込み。すると次の瞬間にはもう、遥の身体は蒼と白の神姫装甲に包まれていた。

 ――――神姫ウィスタリア・セイレーン。

 だが、今の彼女の右腕は金の差し色が入った鋭角的な装甲に包まれていて。加えて右前髪には金のメッシュが入り、更に右の瞳までもが金色に変色している。

 彼女は敢えて基本形態のセイレーンフォームでなく、いきなり遠距離特化形態のライトニングフォームに変身していたのだ。

「…………!!」

 そんな姿に変身した遥はバッと右の手のひらを広げ、虚空から大きな拳銃型の武器、聖銃ライトニング・マグナムを召喚する。

 遥は呼び出したそれの銃把を右手で硬く握り締めると、一度軽く身を沈ませ……足裏のスプリング状の装具を畳んで圧縮。そのままバンッと足裏のバネを解放し、凄まじい勢いで目の前の大軍勢へと真っ直ぐに突っ込んでいく。

「ハッ……!」

 そうして強烈な加速で走りながら、右手のライトニング・マグナムを撃ちまくり。遥はコフィンを纏めて五体近く一気に撃破してみせる。

 そのまま遥は走りつつ……別のもう一体、今まさにSAT隊員を殺そうと、彼の首根っこを掴みつつコンバット・ナイフを振りかぶっていた別のコフィンに肉薄。遥はその懐に滑り込みながら強烈な回し蹴りを放ち、コフィンを吹っ飛ばすことでSAT隊員の生命いのちを間一髪ところで救ってみせた。

「大丈夫ですか!?」

 遥の回し蹴りを喰らったコフィンが吹っ飛んだ拍子に、そのままバタンと地面に落ちたSAT隊員。尻餅を突いた彼に背を向けつつ、彼の方を振り返りながら遥が呼び掛ける。

「め、女神……?」

 すると、呆然とした顔のSAT隊員はうわ言のようにそう呟いた。

「下がっていてください! 後は私が……!」

「し、しかし……君だけを戦わせるワケには」

「貴方たちは十分すぎるぐらいに戦いました! だから……後は、私がやります!!」

「あ、ああ……分かった、気を付けろよ……!」

 そんな風に呆然とするSAT隊員に遥が叫ぶと、最初こそ彼は尚も戦おうと再び銃を取りかけていたが。しかし遥の気迫に圧倒されたのか、最後にはそう言って引き下がり……他の生き残った連中と共に後方へと下がっていった。

「これ以上は、やらせない!」

(といっても、これだけの数が相手となると……こちらも油断は禁物ですね)

 助けたSAT隊員や他の警官たち、STFの連中が遥の戦いぶりを見て一斉に下がっていくのを横目に見つつ、そんな彼らに勇ましく叫ぶ傍ら。しかし同時に遥は内心でそう、今の状況を冷静に判断していた。

(なら、まずは牽制。あのヒトたちが後退する時間が必要ですから)

 胸の内でそう判断すると、遥は右手のライトニング・マグナムを構え。深呼吸と共に身体の内側で強く気を練りつつ、右の手のひらを通して一気にエネルギーをマグナムに収束させる。

 やがて右手の銃は低い唸り声を上げ始め、銃口からチリチリと僅かに欠片のような閃光が迸り始めた。

「ハッ……!」

 そして遥が意を決して引鉄を絞ると、構えたライトニング・マグナムの銃口から最大火力の魔弾が撃ち放たれる。

 ――――『ライトニング・バスター』。

 彼女の遠距離戦形態・ライトニングフォームの必殺技だ。単体相手ではなく多数への牽制が目的だから、今回も一撃目の拘束弾は無し。一発目からいきなり最大火力の魔弾を、目の前に群がるコフィン・バンディットの大軍勢目掛けて撃ち放っていた。

「…………!?」

 遥が撃ち放った魔弾、巨大な光の柱……ビーム砲と呼んで然るべき一撃に数体のコフィンが巻き込まれ、そのまま塵ひとつ残さずに消滅していく。

 だが、それ以外のコフィンは大きく飛び退くことで、どうにかこうにか『ライトニング・バスター』を避けきっていた。

(これでいい……距離は稼げました)

 数体以外には逃げられてしまったが、しかし今の状況こそが遥の真の狙いだった。

 今の一撃はあくまで牽制だ。ああして飛び退き、自分や後ろの警察部隊から距離を取ってくれれば、それで十分に目的は達せられている。初めから当てる気などない一撃、寧ろ数体屠れたことに遥自身が驚いているぐらいだ。運が良かったと言わざるを得ないだろう。

(敵の狙いは……意味は分かりませんが、恐らくこのビルを破壊すること)

 遥は魔弾を撃ち終えたライトニング・マグナムを投げ捨てつつ、一瞬チラリと後ろを振り返りながら、更に内心で冷静に判断する。

 ――――県警本部ビルの破壊、或いは制圧。

 恐らくそれこそが、グラスホッパーがこれだけの大軍勢を率いて此処を襲った目的だろう。

 その意図は分からない。何故わざわざ県警本部を襲撃しなければならないのか、その意図自体を遥は分かっていない。

 だが……執拗にこのビルを狙っている辺り、目的はビル自体の破壊か制圧か、もしくはそれに近いことであるということは察せられる。

 無論、その目的の中には警察部隊を一人残らず殺し尽くすことも含まれているのだろう。周りの地面に沈んでいる、過剰なぐらい執拗に殺されている者たちは……STF隊員以外は全員が警察官だ。

(副次的な目的は……とにかく戦うこと?)

 或いは、その可能性もある。警察部隊の防御を突破しビルを吹っ飛ばすだけなら、グラスホッパーが先陣を切れば今頃とっくに終わっていたはずだ。

(敵の目的がなんであろうと、私のやるべきことは変わらない。……だったら!!)

 遥は次から次へと頭の中に浮かぶ予測を振り払い、右手のセイレーン・ブレスを……下部にある大きなクリスタル状の物質『エレメント・クリスタル』を紫色に光らせ始める。

 すると彼女の身体が一瞬、空間ごとぐにゃりと歪み。その歪みが晴れれば……彼女の姿は、また別の姿へと変わり果てていた。

「…………」

 ――――ブレイズフォーム。

 左腕を包み込む鋭角な神姫装甲は紫色、左前髪に走るメッシュの色も、変色した左の瞳の色も紫色。

 この姿こそが、間宮遥の第三の姿。長槍を振るう近距離戦特化の第三形態・ブレイズフォームに他ならなかった。

「この場は、私が引き受けました」

 そんな姿にフォームチェンジした遥はバッと左腕を掲げ、すると虚空から細長い槍を、聖槍ブレイズ・ランスを召喚する。

「もう、これ以上の狼藉ろうぜきは許しません」

 遥は左手でブレイズ・ランスを掴み取ると、それを両手でくるくると激しく回転させ。そして最後にはランスを左脇に抱え、同時に間合いを計るように右手を前に突き出した構えを取る。

 呼吸は深く、常に気を練るように。冷静さを失わないまま、今はただこの槍を振るうのみ。ひとえに、守るべき誰かの笑顔を護り抜くために。

 そうして槍を構えた遥は、ビル内部に後退していく警察部隊の生き残りたちを背に、ただ独り県警本部の入り口前に立ち塞がった。群がるコフィンの群れと、そして腕組みをしながらジッと自分を見つめるグラスホッパーを……静かな怒りと闘志に満ちた双眸で見据えながら。彼女はただ独り、此処に立ち塞がる。

「此処から先へは、一歩も行かせません……!!」

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