第九章:ストライク・エンフォーサー/02

 有紀に連れられた戒斗が、彼女の運転する七一年式コルベット・スティングレイで本部ビルを出て、そうして有紀に連れて行かれた先は……何故か焼き肉店だった。

 焼き肉店といっても、高級店ではない。割と庶民的な感じの、敷居の低い店だ。とはいえ値段の割に出す肉は結構質の良いものだそうで、有紀が常連になるほど通い詰めている店らしい。道すがらに聞いた話ではあるが、彼女曰く味は保証するそうな。

「……なあ先生、ひとつ訊いても構わないか?」

 そんな焼き肉店の中、テーブル席のひとつ。煙を立てる炭火の焼き場を二人で囲みながら、戒斗が対面に座る有紀に何とも言えない顔でそう声を掛けていた。

「なんだい、戒斗くん?」

「なんで俺は真っ昼間から焼肉に付き合わされてるんだ?」

 至極尤もな疑問だった。

 昼食というから、てっきり近場のファミレスか定食屋か、或いはラーメン屋か……戒斗が想像していたのはその辺りの店だった。

 が、実際に連れて来られたのは何故か焼き肉店。ともすれば戒斗がこんな凄く複雑な顔で今更な問いかけを有紀に投げ掛けてしまうのも、さもありなんという話だった。

「ふふ、私が食べたかっただけだよ。生憎と好物でね」

 小さく笑む有紀曰く、理由はそんな単純極まりないことだったらしい。

 まあ意外すぎる、予想外にも程があるチョイスに戸惑いはしたが……戒斗とて肉類は嫌いじゃない。寧ろ好きな方だ。

「ま、奢りだってなら大歓迎だけどよ……俺も嫌いじゃないしな」

 だから戒斗はやれやれと肩を竦めつつも、表情はどこか嬉しそうだった。まして有紀の奢りだというのなら尚更だ。

 とにもかくにも、戒斗はテーブルを挟んで対面に座る有紀とともにそれぞれ焼き場に肉を放り込み、焼けた傍から二人で焼肉に箸を付けていく。

「美味しいかね?」

「まあな。確かに良い肉使ってるな」

「そうだろうそうだろう、此処は私もお気に入りの店でね。今度は君がアンジェくんや遥くんを連れて来てあげるといい。特に遥くんなんか喜ぶんじゃないか?」

「かもな……そういう先生の方は、しょっちゅうセラの奴を連れて来てそうだ」

「フッ、バレてしまったか」

「……俺は冗談のつもりで言ったんだが」

「彼女も君と同じで肉類が大好物でね。ああ見えて……ってほどでもないけれど、あのはあれでいてよく食べるんだ。あの食べっぷりは見ていて私の方まで満足してしまうぐらいだけれど、流石に毎回あの量を奢らされる身にもなって欲しいものだね」

「セラが、か……想像しやすいな」

「だろう?」

「アンタの悲鳴が聞こえてきそうなぐらいには、よく食べてる光景が目に浮かぶよ」

「悲鳴を上げるのは私自身じゃなく、私のお財布だがね。

 ……それにしても、車で来てしまったからビールが飲めないのだけが残念で仕方ないよ。そうだ戒斗くん、帰りは君が代わりに運転してくれれば良いじゃないか。うんうん、我ながら実に良い発想だ。ノーベル焼肉賞を貰いたいぐらいだね」

「なんだよそのトンチキなノーベル賞。……残念だが、お断りだ」

「連れないねえ」

「C3コルベットは俺も好きだ、何せ俺もアンタと同じアメ車党だからな」

「だったら、拒む理由はないだろう?」

「……生憎と、マニュアル車はあんまり好きじゃないんだ。乗れないワケじゃないんだが、どうにも性に合わなくてな」

「ふむ、君も難儀なものだね」

 ――――とまあ、焼肉を突っつきながら戒斗と有紀の二人が交わす話といえば、こんな風に他愛のないものばかりだった。

 戒斗も有紀も、二人とも白米が山盛りになった茶碗を片手に、肉と一緒に白米を延々と口にかっ込んでいる。

 そんな二人の食べっぷりは凄まじいもので、テーブルの隅には既に空になった肉の大皿が何枚も積み重なっている始末。お代わり自由の白米もこれで何杯目かってぐらいで、毎回呼びつけられる店員が苦笑いをしていたぐらいだ。

 有紀からしてみれば、これでビールジョッキがあれば言うことないのだが――――まあ、そこは車で来てしまっているので仕方ない。遵法精神を欠片も持っていない篠宮有紀とて、流石に飲酒運転はしたくないようだ。

 尤も理由の方はとえば、そんなくだらないことで珠玉のヴィンテージ・カーを傷付けたらたまらない……という、何とも彼女らしい理由だが。

 何にしても、二人はそんな風に何だかんだと仲良く昼食の焼肉を食べつつ、暫く他愛のない話題だけで過ごしていた。

「……で、話ってなんだ?」

 そうして食べ続けて、二人ともある程度腹が膨れてきたかなという頃合いで、やっとこさ戒斗の方から本題を切り出す。

「ああ、君に質問があってね」

 言われた有紀の方は、ビール……ではなくウーロン茶の注がれたジョッキに口を付けつつ、今思い出したといった風にとぼけた調子でそう答える。

「質問?」

 すると戒斗は怪訝な顔をして、

「その為に俺をわざわざ焼肉屋まで連れ込んだってのか? しかも自分の奢りで。難儀なのはアンタの方だぜ、先生」

 と、呆れ半分な調子で皮肉っぽい言葉を口にした。

「ははは、まあ丁度お昼時だったからね。それに、こうして食事の席を共にする機会も大事なものだよ。ただ話すだけよりも、何かを食べながらの方が捗る会話もあるというものさ」

 すると有紀が普段通りのニヒルな笑みを湛えて言うから、戒斗はそれに「そういうモンか」と返す。

「ああ、そういうものだよ戒斗くん」

 頷き返した後で、有紀はこほんと咳払いをし。ウーロン茶を軽く口に含んだ後……中身が半分まで減ったジョッキをテーブルに置いて。それから改まった調子で、彼女にしては珍しいぐらいにシリアスな顔で、戒斗にまずはこんな言葉を投げ掛けてきた。

「……さて、まず君に質問させてくれ。といっても、前に一度質問したのと似たようなものだけれど」

 そう前置きしてから、有紀は戒斗にこう問いかける。

「…………戒斗くん。もし君の手に今、神姫と同じ……アンジェくんと同じぐらいに強大な力が手に入るとしたら。もしそうだとしたら、君はその力に手を伸ばすかい?」

 問われた戒斗は、少しの間逡巡し。僅かに思い悩んだ後、彼は短く「……ああ」と頷き肯定した。

「理由を訊かせて貰おう。何故だい?」

「……アンジェが俺を守ると言ってくれたように、俺もアンジェを守りたい。アンジェの力になりたい。その力で、俺がアンジェの為に出来ることが増えるのなら――――俺は、迷わない。俺はアンジェの為に、その強大な力とやらを手に入れる。

 …………ただ、それだけだ」

 戒斗がそう答えると、有紀は「……ふむ」と一度小さく唸り。その後でニヤリとして、有紀はこう言った。

「やはり君は私の見立て通り、実に心優しい人間のようだね。安心したよ、戒斗くん」

 と、彼女にしてはあまりに珍しく、心の底から嬉しそうな薄い笑顔とともに。

「買い被りすぎだ」

 そうすれば、言われた戒斗の方が照れくさくなってしまい。対面に座る彼女から小さく顔を逸らしつつ、ボソリとそんなことを呟く。

 有紀はそんな彼の反応を嬉しそうな顔で見つめつつ、普段より少しだけ優しげな、柔な声音で戒斗にこんな言葉を投げ掛ける。

「いいや、買い被りなんかじゃないよ。君は一見すると、斜に構えた皮肉屋のように見えるかも知れないが……内面は熱く、そして真っ直ぐすぎるぐらいに真っ直ぐな人間だ。誰よりも優しい心の持ち主だよ、君は」

 言って、有紀はまた傍らのジョッキを手に取り、渇いた喉をウーロン茶で潤してから……続き、こんなことも口にする。

「尤も……それに気付ける人間は、あまり居ないんだろうけれど。

 そういう意味で、君の優しさと真っ直ぐさに気付けた私は。そしてアンジェくんは……とても幸せ者なのかも知れないね」

 フッと柔に笑んだ後で、有紀は戒斗を……話の意図が掴めぬといった風に首を傾げる彼をよそに、網の上で焼けていた肉を箸で掴み取り、また白米と一緒に頬張り始める。

 そうして口に放り込んだ熱々の焼肉を咀嚼し、飲み込んだ後で。有紀は首を傾げる戒斗に対してこう言った。

「戒斗くん。私が何故、アンジェくんだけでなく君までもP.C.C.Sの本部に来るように仕向けたか……そして、君にP.C.C.Sへ入ることを提案したのか。その理由わけが分かるかい?」

「逆に訊くが、分かっていると思うか?」

「フッ、まあそうだろうね……」

「昔からアンタの考えは読めないんだ。お手上げだよ先生、教えてくれ。その理由わけって奴を」

 ――――じゃあ、教えてあげよう。

 文字通りお手上げと言った風に大袈裟に肩を揺らす戒斗に、有紀はそう言ってから。彼女は対面に座る青年に対し、自分が託すべきだと確信した彼に対し……こう告げていた。

「私は、君にしか託せないと思ったんだ。だから私は、君にP.C.C.Sに入るよう頼んだ」

「託す……俺に?」

「そうだ。私は君に――――――」

 と、有紀がそこまで言ったところで、まるで邪魔をするかのように彼女のスマートフォンに着信が入ってしまった。

 有紀はやれやれと肩を竦めつつ、白衣の懐から取り出したそれを右耳に当てて電話に出る。

「……なんだと?」

 すると、電話に出た彼女はすぐに顔色を今までの呑気な色から、今まで戒斗が見たこともないほどにシリアスな色に切り替えて。その後も電話の向こうの誰かに何度か相槌を打つ。

「……ああ、ああ。分かったよ。状況を聞く限り、事態は思っていたより深刻になりそうだ。時三郎くん、悪いんだがアレ・・の出動準備をしておいてくれ。助手くんにもその旨を伝えておいてくれると助かる。

 …………問題ない、装着員なら私の方でたった今、確保したところだ。そうさ、彼だよ時三郎くん。テストも無しのぶっつけ本番になるが……構うことはないさ。万が一の時の責任は全て私が取る。……ああ、頼んだよ」

 そうして電話の向こうの誰かと話した後、有紀は最後にそう言ってから電話を切った。

「全く……なんてことだ」

「何かあったのか?」

 大きな溜息をつきながら、スマートフォンを懐に仕舞いつつ有紀がひとりごちて。そんな彼女の様子を見て、ただ事ではないと悟った戒斗が怪訝そうな顔で問うと……有紀はまた大きな溜息をつきながら、目の前の彼に向かってこう告げた。

「どうやら最悪のタイミングで、最悪の場所に現れたらしい」

「現れたって……おい、まさか!?」

「その通りだよ、戒斗くん。バンディットが出現したようだ。

 しかも――――――――百体以上が、同時にね」





(第九章『ストライク・エンフォーサー』了)

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