第九章:ストライク・エンフォーサー/01

 第九章:ストライク・エンフォーサー



 ――――同じ頃、戒斗はといえば。

「…………」

 彼の方はというと、P.C.C.S本部ビルの地下にある射撃練習場にやって来ていた。

 普通の二五メートルレンジから、ライフル調整用の百メートルレンジまである広大な屋内射撃場だ。戒斗は耳に巨大なイヤーマフ……ヘッドフォンのような形をした、難聴防止用の耳栓だ。それを着けた格好で二五メートルの射撃ブースに立ち、黙々と自動拳銃を撃ち続けていた。

 ――――グロック19・TTIコンバットマスター。

 軽量化の為に肉抜きされたスライドから覗く、金色の銃身が目立つそれは……かなりド派手な競技用のカスタムガンだ。

 オーストリア製のグロック19をベースに、素早い競技射撃に適した形にチューンした自動拳銃。合衆国の名門TTI社……ターラン・タクティカル・イノヴェーションズが手がけたそれは、キアヌ・リーブス主演の傑作アクション映画『ジョン・ウィック』シリーズでもお馴染みの一挺だ。

 当然、こんな上等な物がP.C.C.Sの制式拳銃なワケがない。実を言うとこれは、セラが此処に置いている私物を貸してくれた物なのだ。

 話は少し前に遡るが、戒斗がガンマニアだと知ったセラが……折角ならと自前のコレクションから貸してくれたのが、このグロックだったりする。

 ――――まあ、借りているといっても一時的な話だ。

 実を言うと戒斗は、有紀に無理を言う形で、自分用の拳銃を既に発注している。だから……待っていれば自分専用の物がそのうち届くはずだ。

 だから、このグロックはそれまでの繋ぎ。吊るしのP.C.C.S制式拳銃に満足できなかった戒斗が自分専用の一挺を手にするまでの、それまでの付き合いに過ぎない。

 とはいえ……これはこれで良い銃だ。撃ちやすくて良く当たるし、何より映画で観たときから気になっていた一挺でもある。劇中でキアヌ・リーブスが巧みに使いこなしていたそれを、実際に自分の手で撃てているとあっては……そんな戒斗の内心たるや、敢えて語るまでもないだろう。

 尤も――――あの映画の二作目で出ていたのはグロック19ではなく、競技用に最適化されたロングスライド・モデルのグロック34のTTIカスタムだったのだが。

 …………閑話休題。

 とにかく、戒斗はセラから借りたそんな一挺を独りで黙々と撃ち続けていた。

 こうしてP.C.C.S本部の射撃場に来るのは、何も今日だけのことじゃない。戒斗が正式にP.C.C.S入りしてから今日まで、彼は射撃訓練のために暇さえあればこうしてちょくちょく此処に足を運んでいた。

 ……ちなみに余談だが、今日はかったるかったので大学をサボって此処に来ている。気怠い講義を受けているよりも、こうして無心になって九ミリパラベラム弾を撃ちまくっている方が余程有意義というものだ。少なくとも、彼にとっては。

「…………弾切れか」

 ――――またこれも余談になってしまうが、戒斗は限定的な両利きだったりする。

 基本的には今のように左利きなのだが、箸とペンなど一部に限っては右で使う変な癖があるのだ。ボール投げや拳銃射撃、後はライフル射撃なんかも左なのだが……一部のことだけは右手を使うという、変な癖を彼は有している。だから腕時計も左利きにありがちな右手首に巻くスタイルじゃなく、巻いているのは普通に左手首だ。

 ちなみに、アンジェの方はといえば……彼女は戒斗と異なり、完全な左利きだ。

 箸もペンもボール投げも、何もかもが左手でやるのが彼女だったりする。腕時計も戒斗とは異なり、バックルを内側に向けて左手首に巻くスタイルだったはずだ。

 とにもかくにも、戒斗の利き腕事情としてはそんなところだった。

「どうだい戒斗くん、調子は」

 そうして借り物のグロック19を撃ちまくっていた戒斗だったが、撃ち続ければいつかは終わりが来るというもの。弾切れの時を迎え、スライドが後退したままホールド・オープンの格好を晒す拳銃を握り締めた彼の背中から、有紀がいつものように飄々とした調子で声を掛けていた。

「悪くない」

 戒斗は弾切れの銃をブースの机に置きつつ、後ろを小さく振り向いて有紀に答える。

「だが……やっぱり俺には226の方が扱いやすいな。グロックも良い銃なんだが、俺にはSIGシグの方が手に馴染む」

 続けて戒斗がそう言うと、有紀は「ふむ」と唸り。すると彼女は不思議そうな調子で戒斗にこんな疑問を投げ掛けていた。

「P226の方が馴染むのなら、素直に支給品を使えばよかっただろう? わざわざ特注しなくたって、アレは良い銃だよ」

「まあな。でも折角なら良い銃の方が良いだろ? 司令も許可してくれたことだし、な」

「それはそうなんだがね。何というか……セラくんもそうだけれど、ガンマニアって人種は不思議なものだよ。私にはよく分からない世界だ」

「だろうな」

 肩を竦める有紀に、戒斗は空弾倉に新しい弾を込めながら頷き返す。

 ――――戒斗が言うP226というのは、実はP.C.C.Sの制式拳銃だったりする。

 シグ・ザウエルP226。古いが優秀な拳銃だ。携帯性に優れた小型モデルのP229とともに、P.C.C.Sが末端の職員に至るまで広く支給している制式採用品がこれなのだ。

 だが……戒斗は支給品を使うのを拒み、同じ拳銃だというのに敢えて別の品をわざわざ特注し、手配するよう有紀に頼み込んだ。

 本人曰く何やらこだわりがあるらしいが、その辺りは知識はあれど……彼やセラほどのマニアではない有紀にとっては分からぬ話で。だからこそ、彼女はこうして首を傾げているのだった。

 ちなみにその拳銃、予備の別の拳銃とともに……セラを通し、彼女が懇意にしている西海岸の銃職人、ガンスミスにもう発注済みだ。先述の通り、待っていればじきに本部に届けられる手筈になっている。

 ――――閑話休題。

「何にしても、注文の品はそのうち届くはずだから、今はそのグロックで我慢しておいてくれたまえよ」

 やれやれと肩を竦める有紀に言われ、戒斗はグロックの弾倉に弾を込めながら「分かった」と頷き返し。その後で彼女の方に横目の視線を流しながら「……それで?」と続けて問いかけた。

「アンタが此処に来たってことは、俺に何か用があるんだろ?」

「ふふ、察しが早くて助かるよ」

 ニヤリとした有紀は言って、白衣のポケットから取り出した車のキー……シボレーのロゴが刻まれた古めかしいそれを、愛車コルベットのキーを戒斗に見せつけながら。有紀は怪訝そうな顔をする戒斗に向かって、更にこんな一言を告げていた。

「こんな場所で立ち話もなんだ。丁度良い頃合いだし、一緒にお昼でも食べながら話をするというのはどうかな? 心配しなくても、お代は私が持つよ」

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