第八章:揺れ動く紅蓮の心に金色の少女は何を見るか/02

「セラ!」

 教室を飛び出したアンジェが向かった先は階段の終着点、屋上へと続く扉の手前にある踊り場のような場所。そこで壁際にもたれ掛かる形で座り込み、独り黙々と昼食を摂っていたセラに……アンジェはいつかのように階段の下から話しかけていた。

「……アンジェ」

 話しかけられたセラは、複雑そうな顔で彼女に視線を向ける。

「隣、良いかな……?」

 アンジェは階段を昇ってセラの方に近寄りながら、恐る恐るといった風に問うてみた。

「……好きにすればいいわよ」

 問われたセラは彼女の方を見ないまま、素っ気ない調子で頷き返す。そんな彼女の隣に、アンジェはスッと腰を落とした。

 そのままアンジェは弁当の包みを開き、セラは半分まで囓っていた菓子パンを頬張りつつ。二人とも暫く黙ったまま昼食を摂る。

「…………ねえセラ、ひとつ訊いてもいい?」

 そうして昼食を摂りながら、アンジェは何気ない調子で――――でも内心では意を決し、隣り合うセラに問うてみた。

「なによ」

「どうして、セラは……そんなに辛そうな顔をしているのかな?」

「……そう見えたかしら」

 訊かれて、セラはアンジェから目を逸らしながら呟く。

 そんな彼女に、アンジェはうんと頷き返した。

「多分、僕が神姫になっちゃったから……だよね」

「…………」

 続けてアンジェはそう続けるが、しかしセラはそれに答えようとはしない。無言のまま、食事の手も動かさぬまま……ただ虚空を見つめ、セラは黙りこくっていた。

「どうしてセラは僕や、はる……セイレーンと戦おうとしたの?」

 黙ったままのセラに、アンジェは昼食を食べながら続けて訊いてみる。途中でセイレーンのことを遥と言いそうになったが……どうにかギリギリのところで口を滑らせるのだけは避けられた。

「……もう、これ以上誰も哀しみを背負う必要なんてないのよ」

 そうやってアンジェが問いかけてみると、セラは視線こそ合わせてくれなかったが……それでも、口を開いて質問には答えてくれた。

「戦うのは、私たちだけでいい。あんな哀しみを背負うのは、十字架を背負うのは……アタシたちだけでもう沢山なのよ」

「……優しいんだね、セラは」

「アンジェ、お願いだからもう神姫には変身しないで。アンジェが戦う必要なんてないの。奴らを倒すのはアタシたちの仕事だから。アンタまで戦う必要はない、その理由もない…………」

「――――理由なら、あるよ」

 セラはそう、どこか悲痛にも聞こえる声でアンジェに懇願したが。しかしアンジェはそんなセラの願いに対し、すぐ隣に座る彼女に対し……真っ直ぐな視線を向けながら、毅然とした態度で答えた。僕には戦う理由がある、と。

「そんな、どうして!?」

 するとセラは思わず立ち上がりながら、アンジェに向かって声を荒げてしまう。

「自分からわざわざ危険な目に遭う必要はない! 戦うのは……全部、アタシたちがやる! だから!!」

「……駄目だよ、そんなの」

「アンジェ……どうして分かってくれないの!?」

「だって、僕が戦う理由はひとつだけ。他の誰でもない、カイトを守るためだから」

「そんな……!」

「それだけが、僕が戦う理由。

 ――――だからね、セラ。申し訳ないけれど、僕は君の願いを聞き入れられないんだ。ごめんね、セラの気持ちだって分かってる。セラにも色んな事情があって、そして僕を心配して言ってくれていること、十分に分かっているから……」

「……強情ね、アンタも」

「あはは、かも知れないね」

 声を荒げるセラに対し、アンジェはあくまで毅然とした態度で、答えを変えるつもりはないと暗に告げるように言うと。するとセラは諦めたかのように大きく肩を竦めつつそう言って、またアンジェの隣に腰を落とす。

「……分かったわ。アンタの意志はよく分かった。だからもうこれ以上、何も言わない」

 そうして座り直した後で、やはりセラは隣のアンジェとは目を合わせぬまま、細い声でポツリポツリと呟く。

「でも、だとしても……アタシはやっぱり譲れないの。全てのバンディットはアタシが倒す。他の誰でもない、アタシ自身の手で討ち滅ぼす。それが……アタシが立てた誓いなのよ」

 ――――だから。

「だから、もし邪魔をするようなら……例えセイレーンであっても、アンジェであっても。誰が相手でも、アタシは――――」

 そこまで言って、セラは口ごもる。次の言葉を紡ぎ出せぬ彼女の横顔には、明らかな迷いの色が滲んでいた。

「アタシは……アタシは、どうすればいいの…………?」

 そうすれば、次に彼女の口から出てくるのは自問の言葉だった。

 ポツリ、と自分自身に問いかけるように独り言を呟く、そんなセラの横顔は……とても哀しそうな色をしていて。しかし彼女に掛ける言葉をアンジェは持たず、そんな哀しげな横顔をただ見ていることしか出来なかった。

 だって、アンジェは決してセラの願いを聞き入れられないのだから。この力を手に入れたことには、きっと意味があると……アンジェはそう信じているから。彼を守るために、彼と一緒に明日を生きていくために――――このヴァーミリオン・ミラージュの力は、その為のものだと信じているから。

 だからこそ、アンジェはセラの願いを受け入れることは出来ず。彼女が哀しそうな顔をしていても……今はただ、そっとしておくことしか出来なかった。

(……ごめんね、セラ。それでも僕は止まれないんだ。例え君と戦ってでも、僕は……この力で、カイトを護り抜いてみせるから)

 アンジェリーヌ・リュミエールの決意は揺るがない。例え……友達と、セラと刃を交えることになるとしても。





(第八章『揺れ動く紅蓮の心に金色の少女は何を見るか』了)

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