第七章:亡者は闇の中で密やかに蠢いて/03

「…………ッ!!」

 間宮遥が飛び出したのとほぼ同時刻。彼女が手伝っている『ノワール・エンフォーサー』とはまた別の喫茶店で、独り珈琲片手に文庫本を読み耽っていたセラもまた、遥が覚えたのと全く同じ感覚を頭の中に覚えていた。

(この感覚……!!)

 バンディットの気配だ、と彼女が悟るのに要する時間は、僅か一秒にも満たない。

 そうしてセラがクッと表情を強張らせたのとほぼ同時に、客席のテーブルの隅に放置してあった彼女のスマートフォンが着信で震え始める。

 見てみると……電話を掛けてきた相手は石神時三郎、あのP.C.C.S総司令官の男だ。

 セラは彼から着信があったのを見ると、片手に持っていたコーヒーカップをソーサーの上に戻し。スマートフォンを手繰り寄せると、それを耳に当てて電話に出る。

「アタシよ」

『セラくんか、恐らく君も感じていると思うが……バンディットサーチャーに反応があった。セラくんは至急現場に急行し、迎撃に当たってくれ』

 耳に当てたスピーカーから聞こえる、いつもより数割増しでシリアスな調子の石神の声を聴き、セラはやはり同じように神妙な顔で「分かったわ」と頷き返す。

 そんな短い交信だけで電話を切ると、セラは耳に当てていたスマートフォンを羽織っていた黒革ライダースジャケットの懐に収め。するとしおりを挟んだ読みかけの文庫本をパタンと閉じ、それも懐に収める。

「お代、此処に置いておくわよ」

 そうすると、セラは丁度近くを通り掛かった店員にそう告げ。珈琲の代金を少し多めに……チップ代わりにテーブルの上に置いてから、急ぎ足で喫茶店を飛び出していく。

 セラはそのまま店の駐車場に停めてあった自分のバイク、二〇一五年式の真っ赤なホンダ・ゴールドウィングF6Cのマッスルクルーザーに跨がり、引っ掛けてあった赤いジェットタイプのヘルメットを被りつつ、キーを差し込む。

 セルモーターを始動させれば、跨がったセラの真下……バイクが腹に抱えた排気量一・八リッターの怪獣めいた水平対向六気筒、フラット・シックスのエンジンが雄叫びを上げて目を覚まし。セラはヘルメットの大きなバイザーをカシャンと下げると、やはり暖気も待たぬままにフルスロットルで店の駐車場を飛び出した。

 そうして飛び出した先の、目的地。バンディットが現れた場所なんて……石神に問うまでもなく、セラは分かっていた。頭の中に鳴り響く、この耳鳴りのような甲高い感触が……使命を全うせよと告げる警鐘が、全て教えてくれるから。

「……何もかも、アタシが全部蹴散らしてやる。神姫はもう、アタシとシャーロットだけで十分なのよ」

 下ろしたバイザーの下でひとりごちながら、セラもまたバイクを全速力で走らせる。風を切って向かう先は……ひとつだけだった。





(第七章『亡者は闇の中で密やかに蠢いて』了)

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