第八章:愛しき日々の終わりは突然に/01

 第八章:愛しき日々の終わりは突然に



「じゃあカイト、そろそろお散歩はおしまいにしよっか」

「ひとまず車を取りに戻るとして……その後はどうする?」

「うーん……どうしよっか。着いてから考えよ?」

「だったら、まずは帰らなきゃだな」

「だねー」

 そうして二人で……どれだけの時間、あの公園のベンチでぼうっとしていただろうか。

 いい加減に別のところに行くかという話になり、戒斗とアンジェの二人はやっとこさ公園を後にしていて。今はまた来る時と同じように、二人でひとつのビニール傘の下へ寄り添うように入りながら、ショッピングモールへの帰路を歩いているところだった。

 ショッピングモールへと帰るためには……行きも通ったが、モールの近くにある住宅街の中を通っていく必要がある。

 小雨の降りしきる中、戒斗とアンジェは二人で相合い傘の格好になりながら、雨の打ち付ける閑静な住宅街の中をゆっくりとしたペースで歩いていたのだが。

「っ……!?」

 そうして歩いている最中、アンジェは頭の中に耳鳴りに似た甲高い感覚を……しかも、今まで感じた中で一番強烈なものを感じていた。

 ここまで強烈な感覚だと、流石にアンジェも隠しきれなくて。アンジェは思わず立ち止まると、クッと苦しそうに顔をしかめてしまう。

「アンジェ、どうした?」

 立ち止まったアンジェに気付き、戒斗は彼女の顔を覗き込みながら、至極心配そうに問いかけるが。しかしアンジェは「な、なんでもないよ……」と苦笑いしつつ、あくまで気丈に振る舞ってみせる。

 だが……その顔はあまりに青白く、どう見ても大丈夫ではなかった。

「大丈夫って、大丈夫じゃないだろ!? 具合でも悪くなったのか? だったら病院に――――」

 そんな彼女の顔を見た戒斗が心底案じながら、オロオロしつつ彼女の肩に手を触れた――――そんな時だ。今まさに戒斗たちが立っている住宅街の何処からか、誰かの悲鳴が聞こえてきたのは。

「な、なんだ!?」

 明らかに尋常じゃない悲鳴に、戒斗は何事かと思い驚いて振り返る。

 すると……振り返った瞬間、丁度彼の双眸は捉えていた。こちらに向かって、必死の形相で逃げてくるヒトたちの姿を。

「まさか……」

 こんな光景は、前にも見たことがある。そう、確かアレはあの時、遥も一緒に行った商店街の帰り道で――――。

 そう思っている間にも、必死に足を動かして逃げる人々の後ろに……もうひとつの影が現れていた。

 ――――マンティス・バンディット。

 草色の体色、両手に生える巨大な鎌、カマキリのような気持ち悪い顔。明らかに人間ではない、そんな異形が逃げ出す人々の後ろに……戒斗たちの目の前に、ゆっくりと姿を現していた。

「シューッ……」

 現れたマンティスは不気味な唸り声を上げながら、バッと地を蹴って急加速し。そうすれば、逃げようとしていた一人の背中を腕の鎌で容赦無くバッサリと斬り裂いてしまう。

 雨の降る中、背中を斬られた身体がバタリと倒れ、深すぎる傷口から噴水のように真っ赤な血が吹き出す。背骨を真っ二つに斬られた深い傷口を見るに……どう考えても即死だった。

 それでも、一人が犠牲になったお陰で他の大勢が逃げる時間は稼げた。

 逃げる他の人々がそう思い、無意識の内に安堵していたのも束の間――――今度は上空から、異形の魔の手が伸びてきた。

「――――!!」

 ブゥゥゥン、と虫の羽音のような……いいや、虫の羽音そのものな音を立てて、空中から何かが飛びかかる。

 赤褐色の身体に、甲虫の甲羅のような分厚い装甲を纏ったそれは……もう一体の異形、ビートル・バンディットだった。

 開いた背面装甲より展開した羽を動かし、逃げる主婦に空中から飛びかかったビートルは……降下の勢いに任せたまま、その頭に生える自慢の一本角で身体を背中から串刺しにしてしまった。

 そのままの勢いで着地したビートルは、勝ち誇るように頭を……角を、そしてそこに突き刺さった身体を上に掲げ。そうするとブンッと頭を激しく振るい、今まで角に突き刺さっていた主婦を力任せに振り払った。

 物凄い勢いで放り投げられた主婦の身体は、近くのブロック塀にバンッと叩き付けられ。そのままブロック塀を崩しながら倒れると、するとそこにあったのは……さっきまで人間だった何かの、半分潰れた格好を晒す無残な肉塊だった。

「シュルルルル…………」

 そうしてマンティスとビートル、二体のバンディットが逃げ惑う人々に対し暴虐の限りを尽くしていると……そんな二体の奥から、更に三体目の異形が姿を見せる。

 ――――グラスホッパー・バンディット。

 二体の仲間が繰り広げる殺戮の光景を前に、まるで高みの見物をするかのようにじっと佇み、何もせずただ静観している三体目のバンディット。腕組みをしながらじっと仲間の殺戮を見つめる、その風格は……少なくとも、他の二体よりずっと格上だった。

「ど、どうしようカイト……!!」

「どうしようったって、逃げるしかないだろ……!?」

「う、うん……!!」

 現れた三体のバンディットを前に、最初こそ戒斗もアンジェも戸惑っていたが。しかし戒斗にそう言われると、アンジェは彼に手を引かれるままに走り出そうとする。一刻も早く、この場から逃げるために。

「――――!!」

 だが、二人の逃走に気付いたビートルが再び羽を広げ、頭の一本角を突き立ててアンジェたちに飛びかかってこようとする。

「しまった……アンジェっ!!」

 背後から迫るビートルの気配に気付き、これはもう逃げられないと戒斗は悟ると……咄嗟にアンジェの前に躍り出て、彼女を庇うようにビートルの前に立ちはだかった。

 ――――せめて、アンジェだけでも。

「駄目っ、カイトっ!!」

 アンジェの悲痛な叫びが木霊する中、戒斗は覚悟を決めて――――しかしその決死の覚悟は、寸前に割り込んできた乱入者によって無意味なものへと変わり果てた。

「っ!?」

 ――――バイクの、唸り声。

 まず真っ先に聞こえたのは、高鳴るエンジンの叫び声だ。レッドゾーン限界まで回転数を上げる、エンジンの唸り声を確かに戒斗もアンジェも耳にした。

 すると……今まさに戒斗の身体を貫こうとしていたビートルの身体が、横から突っ込んできた黒い塊に彼方へと撥ね飛ばされてしまうではないか。

 バンッとビートルを吹っ飛ばし、そして軽く横滑りしながら戒斗たちの前に停まったそれは……黒いバイクだった。

 二〇一九年式の、カワサキ・ニンジャZX‐10R。そのバイクも、そして跨がる青の乙女も……二人にとって、あまりに見慣れたもので。それはアンジェたちが誰よりも待ち望んでいた、頼もしい彼女の姿だった。

「遥!?」

「遥さん!?」

「お二人とも、ご無事で何よりです……!」

 黒いフルフェイス・ヘルメットを脱ぎ、跨がっていたバイクから降りた彼女は……誰でもない、あの間宮遥だったのだ。

 予期していなかった彼女の乱入、しかし待ち望んでいた彼女の登場に戒斗とアンジェ、二人が驚いていると。するとバイクを降りた遥は二人の前に立ち、背にしたアンジェたちに「お二人は下がっていてください!」と叫ぶ。

「あの時に取り逃がした二体と……もう一体! 厄介ですね、これは……!!」

 そして三体のバンディット、マンティスにビートル、そしてグラスホッパーと相対し……遥は苦い顔でひとりごちる。

 だが、そんな彼女の双眸から闘志は消えていない。綺麗なコバルトブルーの瞳には……寧ろ先程よりもずっと強い、闘志の炎が燃え滾っていた。

「戒斗さんとアンジェさん、お二人にこのような真似……許すわけには!」

 怒りを露わに、遥は目の前にした三体の異形に対し静かに凄むと。深呼吸しながら、その華奢な右手を胸の前にスッと構えた。

 ――――閃光。

 低い唸り声とともに強烈な閃光が瞬くと、すると次の瞬間にはもう、彼女の右手には蒼と白のブレスが浮かび上がっていた。

 …………セイレーン・ブレス。

 彼女が神姫ウィスタリア・セイレーンである証を右手の甲に出現させると、するとそれを見たマンティスとビートル、二体のバンディットが恐れおののき後ずさる。

「ハァァッ……!!」

 そうしてブレスを出現させた彼女は、そのまま両腕を斜めに大きく広げ……気を練るように時計回りに回し。そして左手を腰の位置まで引き、右手は手の甲のブレスを見せつけるように斜め前へと構えた。

「チェンジ・セイレーン!!」

 右手を突き出すと同時に、極限の闘志を込めた声で叫ぶ。

 すると――――高鳴る鼓動のような唸り声とともに、ブレスのエナジーコアから発せられた閃光が身体の全体を包み込み。そうすれば、一秒も経たぬ内に彼女の姿は……間宮遥の姿は、蒼と白の神姫へと変貌を遂げていた。

 ――――神姫ウィスタリア・セイレーン。

 異形の敵と戦う姿、神姫の姿へと変身した彼女は静かに呼吸を整えつつ、右手をそっと虚空に掲げ。歪んだ空間から聖剣ウィスタリア・エッジを召喚すると、それのつかを握り締め……三体のバンディットと相対する。

「貴方たちは今日、私が裁きます……!!」

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