第六章:遠く愛おしい日々の記憶/02
――――アンジェリーヌ・リュミエールは、
それは昔から変わらなかった。日本に帰化したフランス人の両親から生まれた彼女は、幼い頃も今と同じように真っ白い、陶磁よりも透き通った肌をしていて。髪も今と変わらぬ綺麗なプラチナ・ブロンド、そして瞳はアイオライトのような深い蒼色。顔付きも当時から可愛らしくて……そんな彼女が周囲から浮いてしまうのは、ある意味でどうしようもないことだった。
周りとは違う容姿、周りとは違う髪の色。皆とは違う肌の色に、皆とは違う瞳の色。
子供というのは、時に大人よりもずっと残酷になる。だから、自分たちとまるで違う容姿の彼女に対し、周りの子供らの一部が
――――端的に言うと、アンジェは一部の男子から執拗にちょっかいをかけられていた。
幼稚園に通っていた頃の話だ。彼女は同学年……という言い方はちょっと変かも知れないが、とにかく同い年の子だ。その中の男子数名から、何かにつけてはちょっかいをかけられていたのだ。
それは、もしかすれば彼女のことを気になるが故の行動。愛情の裏返しではないが……幼い男の子がよく取りがちな、好きだからこそちょっかいをかけたくなるといった、そんな類の行動だったのかも知れない。
とはいえ、アンジェ本人からしてみれば迷惑な話だ。
実際……当時のアンジェはそういった男子たちの行動にひどく困っていて、幼稚園に行くのが段々と嫌になっていたぐらいだった。両親に頼み込んで幼稚園を休んだことも、一回や二回じゃない。
そんな日々の繰り返しの中で――――ある時、事件が起こった。
昼休みのことだ。いつもちょっかいをかけてくる男子たちに、アンジェは幼稚園の広い庭で追いかけられていた。
普段なら友達の女の子数名が守ってくれるのだが……この日に限って風邪で幼稚園を休んでいたり、別の友達と遊んでいたりで。この日だけは幼いアンジェを助けてくれる者は誰も居らず、彼女はただただ逃げ続けていた。
そうして逃げて、逃げて、逃げて……ふとした時にアンジェは
転んだ拍子に足を軽く擦り剥いてしまって、その痛みのせいで立ち上がることも出来ず。振り向いてみれば、追い掛けて来ていた男子たちがすぐ近くまで近寄って来ていて。もう駄目だ、もう嫌だ……とアンジェが追い詰められ、今にも泣き出しそうになった――――その時だ。
「…………ちょっと待てよ」
転んだまま、ただただ泣きそうな顔で見上げるしか出来なかったアンジェの前に。追いかけてきた男子たちとの間に割って入り、まるで立ち塞がるように……ある一人の男の子が現れたのだ。
「かい、と……?」
――――戦部戒斗。
物心付いた時からの幼馴染みで、家も近いからよく一緒に遊んでいる男の子。
そんな男の子が、アンジェの目の前に颯爽と現れたのだ。
でも、幼稚園ではクラスが違うから、あまり……というか殆ど顔を合わせていない。それに彼の方が年上ということもあり、余計に幼稚園の中で話す機会は少なかった。
そんな彼が、なんで現れたのか。その理由は敢えて問うまでもなく明白だった。
――――アンジェを、助けるために。
割って入ってきた彼は、泣き顔で呆然と見つめるアンジェに背を向けたまま、目の前の男子たちに向かってただ一言、こう呟いた。
「……許さない」
と、それだけを呟いた彼は――――飛びかかってくる男子たちを相手に、たった一人でアンジェを護り抜いたのだ。
まあ、所詮は子供の喧嘩だ。そう大したものではないのだが……それでも、一人で複数を相手にするのだ。幾ら年齢差があるといっても当然のように戒斗の方が劣勢で、彼はひどく痛めつけられたのだが……でも、一歩たりとて彼は退こうとしなかった。
「かいと……」
そんな彼の背中に――――ボロボロになりながら、それでも自分を守ってくれる彼の背中に、アンジェはいつしか憧れを抱いていた。
自分を守ろうとする彼の背中は、まるでテレビの中のスーパーヒーローのような……誰かの笑顔を守るために戦える、そんな背中のようにアンジェには思えて。そんな彼の背中を見つめている内に、いつしかアンジェは思うようになっていたのだ。いつか自分も、今の彼みたいに……今度は自分が戒斗を守れたら、と。
そればかりを思い続けて、アンジェは日々を過ごしていった。
すると……いつの間にか、彼女は特撮ヒーロー番組ばかりを観るようになっていたのだ。
いつか、あんな風に誰かを守れる……戒斗を守れるような自分になりたいと。そんな思いを無意識に込めながら、彼女は自然とその類の番組にのめり込んでいった。
だから、アンジェが今のような重度の特撮マニアになった本当の理由は、子供の頃。虐められていた自分を庇ってくれた戒斗の、必死に守ってくれた彼の背中に憧れたからなのだ。
勿論、単純に戒斗の影響という部分も大きい。
でも……一番の理由は、やっぱりあの時の彼に憧れたから。いつか、自分もあんな風に……今度は戒斗を、守ってあげられたらなって。アンジェは今日までずっと、そう思って過ごしてきたのだった。他の誰でもない、彼のすぐ隣で…………。
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