第六章:遠く愛おしい日々の記憶/03

「あの時のこと、僕は今でも覚えてるよ。格好良かったな、あの時のカイト……」

「身体が勝手に動いてた、それだけだよ」

「それでも、僕にとって君は……間違いなく、あの時の君は僕のヒーローだったんだよ?」

「……そうか」

「だから、今度は僕が君を守るって決めたんだ。何があっても、僕は……」

 降りしきる雨の中、雨音だけが支配する静かな公園の中で――――でも、確かな意志を秘めた彼女の言葉だけは、ハッキリと戒斗の耳に届いていた。隣に座る彼女の、そんな言葉を。確かに戒斗はすぐ傍で受け止めていた。

「アンジェ……」

 だからこそ、戒斗は複雑そうな顔で隣のアンジェを見る。

 そんなことを考える必要なんてないと、そう言いたかった。アンジェはそこに居てくれるだけで、生きていてくれるだけで……笑顔を見せてくれるだけで、それだけで俺にとっては十分だと。戒斗はそう、彼女に言おうとした。

 だってもう、十分すぎるぐらいに戒斗はアンジェに守られていて……そして、救われているから。

「……ふふっ、ごめんね? 急に変な話しちゃって」

 そんな戒斗の心境を知ってか知らずか、アンジェは小さく表情を崩しながらそう言う。今の話はこれで終わりと、少しシリアスが過ぎる方向に傾きすぎていた話題を打ち切らんとするかのように。

「――――もう、十分守られてるさ」

 戒斗はそう言った彼女に、ボソリと呟き返す。

 するとアンジェは「カイト?」と不思議そうな顔で隣の彼の顔を見て、小さく首を傾げるが。続けて戒斗は横目の視線で彼女の顔を見つめながら、アイオライトの双眸と真っ直ぐに視線を交わし合いながら……彼女にこう言った。言葉のひとつひとつを、大切に紡ぎ出して。

「アンジェが傍に居てくれたことで、俺がどれだけ救われたか……。いつだって優しい君に、アンジェにどれだけ救われたのか。数え切れないぐらい、俺はもう君に助けられてるよ」

 ――――だから、今のままでいい。

 そんな意図を言葉の裏に込めながら、戒斗が言うと。するとアンジェは表情を綻ばせながら、ただ一言だけを呟き返す。

「……そっか」

 安堵と、満足と、そして少しの遠慮を秘めた、そんな一言を。

「…………雨、止まないな」

「…………雨、止まないね」

「もう少しだけ、此処でゆっくりしていくか」

「そうだね。予定なんて何も無いし……たまにはこういう時間も、悪くないよね?」

「ああ、そうだな……」

 ――――君がいれば、それだけで俺は十分だから。

 ――――君がいれば、それだけで僕は十分だから。

 互いに抱くのは、そんな想い。互いが互いに想い合っていることを知らぬまま、未だ確かな言葉の形で相手に伝えぬままの二人でも……心の奥底では、分かっていた。戒斗がアンジェを、アンジェが戒斗を。二人がどれだけ大切に想い合っているのか……そんなこと、言葉を介さずとも分かる。

 それでも、いつかは聞きたい。確かな言葉の形で、自分への気持ちを。

 それでも、いつかは伝えたい。確かな言葉の形で、この強い気持ちを。

(僕が……僕が守るからね、カイト)

 暫くの間、二人は東屋あずまやの下。大きな公園のベンチに腰掛けたまま、そこでぼうっと雨音を聴いていた。互いの鼓動を、伝わる体温を感じながら――――。





(第六章『遠く愛おしい日々の記憶』了)

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