第七章:終わりなき戦いの輪舞曲(ロンド)

 第七章:終わりなき戦いの輪舞曲(ロンド)



 ――――敵が、バンディットが出現した。

 バンディットサーチャーに反応があり、加えて警察も既に交戦状態に入っているとの一報を篠宮有紀より電話で告げられたセラフィナ・マックスウェルは、自宅にしているマンションからすぐに飛び出して。駐車場に停めてあった自分の大型バイクに飛び乗ると、敵が出現したという近くの商店街に急行していた。

「冗談じゃない……!!」

 そのドデカい図体に見合うだけの、怪獣のような唸り声を上げて疾走する真っ赤な超大型クルーザーバイク。二〇一五年式のホンダ・ゴールドウィングF6Cを走らせながら、そのシートに跨がるセラは、頭に被った赤いジェット・ヘルメットの下で小さく毒づく。

 こんな日没前の時間に、しかも場所は商店街だと有紀からは聞いている。P.C.C.Sのバンディットサーチャーだけじゃない、自分自身の神姫としての感覚も……頭の中に響く、この耳鳴りのように甲高い感覚もまた、そこに敵が居ると告げていた。

 ――――だとすれば、最悪の事態も考えられる。

 あの商店街、確かアンジェたちの家からもそこそこ近い位置にあったはずだ。もしかすれば彼女や戒斗、それにあの喫茶店に居た記憶喪失の彼女……間宮遥が運悪くこの騒ぎに巻き込まれている可能性もある。

「間に合ってよ……!!」

 可能性は、決してゼロじゃない。

 それを思うと、セラは自然と焦っていた。

 右手でバイクのスロットルを強く捻り、排気量一・八リッターの怪獣めいた水平対向六気筒、フラット・シックスのエンジンを唸らせて加速する。

 ――――少しでも、少しでも速く。

 幾ら警察に対バンディット戦用の特殊徹甲弾が配備されたといえ、アレは正直言って気休めにしかならない。元はP.C.C.Sからの技術供与を受けて作られた物だが……その組織に属しているセラは、特殊徹甲弾の無力さを知りすぎているほどに知っていた。

 結局のところ、戦えるのは自分しか居ないのだ。神姫である自分にしか、奴らを倒すことは出来ない。

 それを思えばこそ、セラは急いだ。

「よし、此処だ……!!」

 やがて商店街が見えてくると、セラは更に乗機ゴールドウィングを加速させ。車両進入禁止の柵の間をすり抜けて、そのまま商店街の中に大型バイクで突っ込んでいった。

 そのまま商店街の中をバイクで突っ走り、あるところでセラはギャァァッと横滑りさせながら赤いゴールドウィングを停める。

「ちょっ!?」

 横滑りさせてバイクを急停車させ、被っていたジェット・ヘルメットを脱ぐと。すると……丁度、この商店街で暴れていたと思しき土色のバンディットが、何故か青白い焔に包まれて爆死するところだった。

 ――――何が起こったのか。

 バイクに跨がったまま呆然とその光景を眺めているセラには、一体何が起こったのか理解出来なかった。

 どうしてあのバンディットは、断末魔の叫び声を上げながら大爆発したのか。どうして、あんな不思議なぐらいに真っ青な焔に包まれているのか。

「アイツは……!?」

 その答えは、すぐに目の前に現れた。

 バンディットが爆死した、陽炎揺らめく青白い焔の向こう。そこには何故か、尻餅を突いたまま呆然と焔を眺める戒斗とアンジェの姿があって。そして……二人とともに、謎の蒼い神姫の姿があった。

 青白い焔の向こう、その神姫は青く長い髪を靡かせながら、確かにそこに立っていたのだ。

「ッ……!!」

 ――――バンディットを仕留めたのは、あの蒼い神姫だ。

 間違いない、あの神姫が倒したのだ。見たこともない、謎めいた蒼の戦士が……。

 そう判断すると、セラの行動は早かった。

 跨がっていたバイクから長い脚を翻して降り、そのままセラはバッと両手を腰まで引いて構える。

 そのまま両手を前方へ、クロスさせるように突き出し。そして両手をぐるりと、まるで手の甲を見せつけるようにして回した。

 すると――――ほんの一瞬だけ眩い閃光が迸れば、彼女の両手には赤と黒のガントレットが浮かび上がっていた。

 ――――『フェニックス・ガントレット』。

 右手と左手、両手の甲に同時に現れたそれは、彼女もまた神姫であるという紛れもない証だった。

「――――重装転身!!」

 彼女が叫び、構えた両手を再び腰まで引くと。すると、次の瞬間――――眩い閃光に包まれた彼女の身体は、神姫の姿へと変貌を遂げていた。

 …………雷撃の神姫、ガーネット・フェニックス。

 それこそが、神姫に変身したセラフィナ・マックスウェルの名だった。

 赤と黒の重厚な神姫装甲は、目の前に立つあの蒼い神姫よりも更に鋭角的なフォルムをしている。何処までも攻撃的で、そして重装甲。まるでセラ自身の内面を映し出すかのようなその姿こそ、神姫となった彼女の姿だった。

「待ちなさい!!」

 赤と黒の神姫に変身したセラは走り出し、青白い焔の向こうに立つ謎の神姫……蒼い髪の乙女に向かって叫んだが。

「………………」

 しかし蒼い神姫はセラの方を小さく振り返り、細めた横目の視線で、コバルトブルーの瞳で彼女を一瞥するのみ。

「くっ……!?」

 そして、爆死を遂げたバンディットの残した青白い焔が揺れた一瞬。その焔が彼女の姿を遮った一瞬。揺れた焔が消えた頃には、もう遥の姿はセラの視界から消え失せていた。呆然としていた戒斗と、そしてアンジェも一緒に…………。

「消えた……?」

 立ち止まったセラは周囲を見渡すが、あの蒼い神姫の姿は何処にも見当たらない。僅かに焔が揺れた一瞬で、彼女は何処かへと姿を消してしまっていた。

「なんなの……一体なんなの、あの神姫は…………!?」

 変身を解除し、また元の私服姿に戻ったセラが戸惑いながらひとりごちる。

 この場にはもう、蒼い神姫の姿は何処にもなく。後に残るのは、風に吹かれて消えていく青白い焔と、そして凄惨な殺戮現場だけだった…………。





(第七章『終わりなき戦いの輪舞曲(ロンド)』了)

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