第六章:目覚めよ蒼の神姫、その名はウィスタリア・セイレーン/02

「シュルルル……!!」

 間合いを保ちながら睨み合ったのは、ほんの五秒。先に仕掛けたのは、堪えきれなくなったスパイダーの方からだった。

 口から白い蜘蛛の糸を吐き、それで以て遥を拘束しようとする。しかも一本だけではない、複数だ。彼女の四肢を拘束し……無防備になったところを喰らう算段だったらしい。

 ――――だが、相手が悪すぎた。

「ふっ……!!」

 自分に飛んで来た複数の蜘蛛の糸を、遥は右手で握り締めたウィスタリア・エッジで軽々と斬り払ってしまう。

 そうして斬り払った糸の数は、三本。後の一本だけは敢えて見逃し……わざと左腕に絡ませてやる。

「フシュルルルル!!」

 一本だけでも絡まったのを見て、スパイダーはこれを好機と見たらしいが。しかし――――それはあまりにも浅はかというものだ。

「ハッ……!」

 遥は左腕に蜘蛛の糸が絡まったのを見ると、敢えて左腕ごと思い切り糸を引っ張り。絡まってきた糸を利用する形で、逆にスパイダーを自分の方まで引き寄せてしまう。

「――――!?」

「ハッ!!」

 物凄い勢いで引っ張られたスパイダーが驚く中、遥は引き寄せたその土色の身体、脇腹辺りに右脚で鋭い蹴りを見舞う。

「シュ、ルル……!?」

 強烈な蹴りを脇腹に喰らい、スパイダーが苦しみに喘ぐ。

「ハァッ!!」

 だが遥は間髪入れず、そのままウィスタリア・エッジで袈裟掛けの斬撃を喰らわせた。

 …………一閃。

 長剣の刃が閃くと、スパイダーの身体で激しい火花が飛び散る。

 口から吐いていた最後の糸ごと斬り裂いたその斬撃は、先刻あの警官が撃っていた特殊徹甲弾の比ではない威力だ。斬撃を喰らったスパイダーは激痛のあまり声にならない苦悶の声を漏らしながら、後ろに何歩もたたらを踏む。

「フッ、ハッ……たぁっ!!」

「シュルル、フシュルルルル――――!?」

「セイッ! やぁっ!!」

 だが、その程度で容赦する間宮遥……いいや、ウィスタリア・セイレーンではなかった。

 たたらを踏むスパイダーが大きな隙を見せると、すぐに遥は大きく踏み込み、鋭い斬撃を三度、四度と続けざまに叩き込む。

 激しい火花が舞い散り、スパイダーが激痛に喘ぎ。土色の身体には幾つも深すぎる傷が刻まれていく。

 ――――圧倒的。

 そう表現せざるを得ないほど、遥の戦いぶりは圧倒的だった。

 彼女の洗練された戦い方は、まるで一流武道家の演武を見ているかのように一挙一動が美しく、それでいて無駄がない。所詮は言葉を話せぬ怪人でしかないスパイダーとの技量差は、誰が見たって明らかだった。

「フシュルルルル…………!!」

 だが、それでもスパイダーは諦めない。目の前の謎めいた蒼の戦士との実力差を痛感しつつも、それでもバンディットとしての本能が叫ぶのだ。神姫を殺せと、為すべきことを為せと。

 だから、スパイダーは傷付いた身体に鞭打ち、バッとその場から大きく飛び退いた。

「…………!!」

 グッと身構える遥。それを眺めつつ、スパイダーは続けて商店の壁を蹴り……決して広くない商店街のアーケードの下、ぴょんぴょんと縦横無尽に跳ね回る。

「シュルルル!!」

 するとスパイダーは口から蜘蛛の糸を大量に吐き、瞬く間に商店街の中に……アーケードの下に、巨大な蜘蛛の巣を張ってしまったではないか。

「フシュルルルル……」

 スパイダーは自分が張った蜘蛛の巣に張り付き、眼下で自分を見上げてくる遥を、蒼の神姫をジッと見下ろす。

「なるほど、そういうつもりですか」

 だが、遥は決して怖じ気づいたりはしない。自分の後ろには、守るべきヒトたちが、自分の愛した大切なヒトたちが居るのだから。皆を守るためなら……大切な誰かの笑顔を守るためなら、遥は誰が相手でも立ち塞がる。ひとえに神姫として、ウィスタリア・セイレーンとして。

「だとしても――――私は!!」

「シュルルル……!!」

 巨大な複眼の奥で闘志を燃やすスパイダーは、そのままあっちこっちを飛び回り。上下左右を縦横無尽に飛び回る戦法で遥を倒そうと、地上の彼女へと飛びかかっていく。

「くっ!」

 斜め上から飛びかかっての、腕に生やした鉤爪での引っ掻き攻撃。頭上からの蹴りに、真横から高速で飛びかかっての貫手。

 あちらこちらを縦横無尽に飛び回りながら、物凄い速度で仕掛けてくるスパイダーの連続攻撃は、まさに豪雨が如し。

 遥はそれに対し、右手に携えたウィスタリア・エッジで受け流すことでひとつずつ、丁寧に対処していく。スパイダーの攻撃が命中するのは剣の刀身だけで、彼女の綺麗な蒼と白の神姫装甲には未だ傷ひとつ付いていない。

「……なるほど、読めました」

 そうして攻撃を受け流すこと、十数回。遥は一見するとランダムに見えていたスパイダーの連続攻撃の中に、ひとつの法則性を見出していた。

 ――――横から貫手を仕掛けて来た後は、必ず斜め上から次の攻撃が飛んでくる。

 要は横に飛んだ後、三角飛びの要領で店の壁を蹴り、また高度を稼いでいるからだ。

 それが分かってしまえば――――対処は簡単だ。

「フシュルルルル!!」

 横っ飛びにスッ飛んできたスパイダーの貫手を、遥がウィスタリア・エッジで受け流す。

 するとスパイダーは傍にあった書店の壁を蹴って斜めに飛び、また反対側の店の壁を蹴って、今度は斜め下方へと急降下攻撃を仕掛けて来た。

 ――――やはり、読み通りだ。

「…………」

 横の一撃を受け流した後、遥は次の攻撃が来ると思しき方向に敢えて背を向け、そっと眼を閉じていた。

 精神を集中させ、気の流れを読み……背後にスパイダーの気配を感じた瞬間、遥はバッと振り向きながら右手のウィスタリア・エッジを振るう。

「ハッ!」

「シュルル、ル……!?」

 …………手応え、あり。

 振り向きざまの一撃、居合いのように横一文字で放ったカウンターの斬撃を胸部へとモロに喰らい、スパイダーが地面に叩き付けられる。

 バン、バンッと何度か地面をバウンドした後で転がり、何とかよろよろと起き上がるスパイダー。その胸には今までで最も深い傷が付けられていた。

「…………」

 遥はそんな、ふらふらと千鳥足を踏む瀕死のスパイダーへと向き直り。コツン、コツンと靴音を立てながら一歩ずつ近づいていく。

「シュルル、フシュルルルル!!」

 まるで来るな、来るなと言わんばかりにスパイダーは叫ぶが、しかし命乞いを聞き入れる遥ではない。奴が今までに奪ってきた生命いのちの数、それによって生まれた悲しみの数を思えば……どうして命乞いなぞ聞き入れられようか。

「ふぅーっ……!!」

 ゆっくりと歩み寄りながら、遥は自身の内で強く気を練り。ふぅーっと吐き出す息とともに、それを更に高めていく。

 そうすれば、やがて右手の長剣……聖剣ウィスタリア・エッジの刀身を蒼い焔が覆い始めた。

 彼女の装甲と同じ、真っ青な焔を刀身に纏わせながら、遥は唸り声を上げる瀕死のスパイダー・バンディットへと正対し。そしてスッと構えを取ると――――。

「ハァッ!!」

 蒼い焔を纏わせたウィスタリア・エッジで、ザンッと異形の怪人を叩き斬った。

「…………」

 叩き斬った勢いのまま、くるりと遥はスパイダーに背を向ける。

 ――――――そのまま残心すること、数瞬。

「フシュルル、シュルルル――――!!」

 残心したままクッと眼を細めた遥の背後で、断末魔の雄叫びを上げたスパイダー・バンディットが青白い焔に包まれる。

 ――――『セイレーン・ストライク』。

 彼女の放った、神姫ウィスタリア・セイレーンの必殺技。聖剣ウィスタリア・エッジに青の焔を纏わせて敵を斬り裂く、一撃必殺の斬撃を喰らったが故に、あの土色の怪人は青白い焔に包まれ。そして――――。

「…………」

 ――――そして、遥の背後で大爆死を遂げたのだった。

 爆死したスパイダー・バンディットが放った巨大な爆炎を背に、残心を解いた遥はバッと右手の刃を払う。

「…………懺悔とともに、眠りなさい」

 青白い爆炎を背にした、蒼の戦士の立ち姿は――――あまりにも凜々しく、気高く、そして何処までも神々しかった。





(第六章『目覚めよ蒼の神姫、その名はウィスタリア・セイレーン』了)

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