第一章:平穏で幸せに満ち溢れた日々の中で/02

 そんな風にアンジェに起こされた戒斗は、洗面所で顔を洗い終えて。その後はやはり彼女に連れられる形で、今度はダイニング兼用の広いリビングルームまで連れて来られていた。

「戒斗さん、それにアンジェさんも。おはようございます。戒斗さんのお食事ならもう出来ていますよ」

 とすれば、青い髪の乙女が微笑とともにリビングルームで二人を出迎える。

「遥さん、おはよー」

「ああ、毎朝悪いな遥……ありがたく頂くよ」

「はい、おはようございますアンジェさん。戒斗さんも、どうかご遠慮なさらず」

 挨拶をするアンジェに笑顔で挨拶を返し、戒斗に対してもやはり笑顔でそう言った彼女は、この家の……戦部家の居候というべき存在だった。

 ――――間宮まみやはるか

 一年半ほど前になるのか。ある激しい雨の日、自宅でもある純喫茶『ノワール・エンフォーサー』の目の前に彼女が倒れているところを戒斗が見つけ、その後紆余曲折あってこの家で引き取ることになった、謎多き乙女。それが彼女……間宮遥だ。

 どうして彼女を引き取ることになったのかといえば、理由は単純。彼女には――――間宮遥には、過去の記憶がないのだ。

 いわゆる記憶喪失という奴だ。少なくとも戒斗が彼女を発見し、担ぎ込んだ先の病院で意識を取り戻した頃にはもう、遥の頭からは今までの記憶がすっぽり抜け落ちてしまっていた。

 でまあ、記憶喪失が故に行くアテも無いからということで、この戦部家で引き取ることになったのが今から一年半ほど前の話だ。

 そんな経緯がある彼女だが、今では店の……純喫茶『ノワール・エンフォーサー』の看板娘としてかなりの人気者になってくれている。彼女がこの家に来て、店を手伝ってくれるようになってから、それまでの三倍は客の数が増えたぐらいだ。

 ちなみに、間宮遥という名前は戒斗が付けた名前だ。自分の名前すら覚えていなかった彼女をなんて呼んだら良いのかという話になった末、戒斗がその場の思いつきで彼女にあげた名前。それが今彼女が名乗っている、この間宮遥という名前だった。

 …………話が、少し逸れすぎたか。

 そんな遥の外見だが、背丈は一七七センチと女性にしてはかなり長身だ。スリーサイズも上から九三・五八・八五と、その背丈に見合うだけの贅沢な体格をしている。

 加えて、一番目立つのが青いストレートロングの髪だ。

 そんな海のように綺麗な青をした長い髪と、そして優しげな色をしたコバルトブルーの瞳。しかも遥の性格は温厚そのものだ。

 美しく、優しい青の乙女。そんな彼女が客たちの間で人気になるのも、看板娘みたいな立場になっているのも。この美しい容姿を目の当たりにすれば、全て納得できるというものだ。

 そんな遥の今の格好だが、上は黒のブラウス一枚で、下は青のスカートに黒いオーヴァー・ニーソックスといった感じだ。直前までキッチンに立っていたらしい今はエプロンを着けているものの、外出時にはこれにプラスして茶色のジャケットを羽織り、履き物は焦げ茶のブーツをチョイスするといった形になる。

 何にしても、遥は見目麗しい乙女だ。アンジェとはまた別ベクトルで可愛らしい、見る者全てを釘付けにするような……遥はそんな可憐さを有した乙女だった。

「アンジェさんも席にどうぞ。ティーパックの紅茶で宜しければお出ししますので」

「ほんと? 嬉しいな、ありがとね遥さん」

「いえ、これぐらいは。戒斗さんも冷めない内にどうぞ」

「頂くよ」

 キッチンのすぐ傍にあるダイニング・テーブルにアンジェと横並びになって座り、戒斗は遥が出してくれた朝食に手を付け始める。

 まあ、メニューとしては単純だ。バターを塗りたくったトーストに、ベーコンとレタスの盛り合わせ。卵料理に関しては……目玉焼きがどうにも苦手な戒斗に配慮してくれたのか、このテの組み合わせにありがちな目玉焼きではなく、普通に巻いた卵焼きを出してくれている。

 そんな感じの洋風な朝食に戒斗がありつくのを、アンジェは嬉しそうな顔で横目に見つつ。彼女もまた、遥が気を遣って出してくれた紅茶に口を付けている。そんな二人の姿を、キッチンから遥が嬉しそうに微笑みながら眺めていた。

 ――――とまあ、こんな感じの風景が、戦部家のありふれた朝の風景だ。

 戒斗がアンジェに起こされて自室から出てくるのは、大抵両親の食事が終わった少し後。アンジェに連れられて戒斗がやって来て、そこに遥が朝食をサッと出してくれる……。いつも大体こんな流れだ。

 今日もその例に漏れず、いつもと変わらぬ流れで戒斗は遥お手製の朝食を頂いている。この後の流れも……きっといつも通りだ。

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