第一章:平穏で幸せに満ち溢れた日々の中で/01
第一章:平穏で幸せに満ち溢れた日々の中で
「カーイトっ、起きてよっ。起きてってばー」
「んあ……?」
あまりにも聞き慣れた、耳触りのいい優しげな少女の声に誘われて。
重い瞼を開けてみると、目の前に映ったのは自室の天井。そして、ベッドに横たわる自分の上に馬乗りになっている、綺麗なプラチナ・ブロンドの髪を透かす少女の――――アンジェリーヌ・リュミエールの顔と。彼女のアイオライトの瞳から注がれる、何処か急かすような視線だった。
「君が送って行ってくれないと遅刻しちゃうんだよー。だからさ、早く起きてよっ」
「……別に、一時間ぐらい遅刻したってバチは当たらないだろ?」
「む、僕は君みたいな不良さんと違うんだよー」
眠気に理性が負け、二度寝と洒落込もうとした戒斗にムッと膨れっ面になって彼女が言い返し。とすれば戒斗も負けて、やれやれと肩を竦めつつ彼女を押し退けながら起き上がった。
横たわっていたベッドから降り、先を行く彼女に手を引かれ、彼女に連れられる形で戒斗は自室から出る。
「あっ、おはようございますっ」
階段を降り、一階の廊下ですれ違った戒斗の両親に挨拶する彼女に手を引かれながら、そのまま戒斗は洗面所まで連れられていった。
とすれば、顔を洗ってと言われるがままに戒斗は洗面所で顔を洗う。
そうして顔を上げてみると――――目の前の鏡に映ったのは、他ならぬ自分の姿だった。
――――
見たとおりに性別は男、歳は現状で二一歳だ。背丈は一七五センチ、黒い髪は少々跳ね気味で、ショートより少し長めな……セミショートの丈まで伸ばしている。
また両親は健在で、自宅でもある純喫茶『ノワール・エンフォーサー』を切り盛りしている。ちなみに兄弟の類は居ない。現在は私立
「はいカイト、これで顔拭きなよ」
「ん……悪いなアンジェ」
そして、そんな彼に横からはい、とタオルを差し出してくれる彼女…………アンジェリーヌ・リュミエールは、戒斗にとって幼馴染みである少女だった。
――――アンジェリーヌ・リュミエール。
戒斗や周りの人間からは、今彼が呼んだように専ら『アンジェ』と呼ばれている少女だ。
歳は十八と、戒斗の三つ下。今は戒斗の出身校でもある、私立
アンジェの背丈は一六四センチ、誕生日は六月二二日。乙女のトップ・シークレットであるスリーサイズは、上から八八・五九・八二…………。
だが何よりも目を引くのは、その金糸よりも透き通ったプラチナ・ブロンドの髪だろう。
透き通った金色の髪は、毛先が肩に触れるか触れないか程度の……セミショート丈で切り揃えられている。アイオライトのように深い青色をした瞳や、日本人離れして真っ白い白磁のような肌。そしてその性格に相応しい優しげな顔付きも相まって……学園ではかなり男子人気が高いと噂に聞いている。
尤も、彼女は告白される度に速攻でフッているようだが。そうしてアンジェに挑戦して玉砕した男子の数は、話によれば二〇〇を超えているという。実に気の毒な話だが……戒斗からしてみれば、実を言うと嬉しい話だったりする。
…………とにもかくにも、アンジェはそんな少女だ。
また名前や外見から察せられる通り、彼女は厳密に言えば日本人ではない。両親共にフランス出身の、純粋なフランス人だったりする。
だったりするのだが……アンジェの両親はずっと前に日本に帰化している為、国籍上アンジェは完全な日本人だ。彼女自身も生まれてから殆どの期間を日本で暮らしていて、外見はこうでもアンジェの中身は日本人と大差ない。フランス語も全く喋れないそうだ。
――――尤も、頭脳明晰で成績優秀、文武両道なスーパー優等生のアンジェのことだ。真面目に勉強すれば、普通にフランス語も喋れるようになるだろう。
そんな一風変わった彼女と戒斗が幼馴染みの間柄なのも、ひとえに家が隣同士であるから。
二人の自室だって、お互いの部屋がお互いの窓から見られるような距離の位置関係だ。子供の頃は……というか今でもそうだが、よく開けた窓越しに夜更けまで色んなことを二人で話したものだ。眠れない夜なんかは、そうしたやり取りが互いの心細さを埋めてくれたことを、二人とも今でもよく覚えている…………。
「ん……」
「ああもう、まだ顔濡れてるよ? 仕方ないな、じゃあ僕が拭いてあげるから。ほらカイト、そのタオル貸して?」
「んあ」
「もう……カイトは僕が居ないと駄目なんだから」
渡されたタオルで顔を拭いていた戒斗だったのだが、しかしまだ寝ぼけているからか、その手つきはどうにも拙くて。顔にはまだあちこちに水気が残っているような状態だ。
そんな彼を見かねて、アンジェは戒斗の手からタオルをひったくり……仕方ないなといった風に彼の濡れた顔を手早く拭ってやった。
…………とまあ、こんな風なやり取りが二人にとっての日常だった。
「んで、結局今日も俺がアンジェを送って行かにゃならんのか……?」
「当たり前だよ。僕が遅刻するかどうかはカイトに懸かってるんだからっ」
「……別に、俺を待つ必要なんてないだろ?」
「僕はカイトに送っていって欲しいの」
「そういうことなら……アンジェが良いのなら、別に良いけどさ」
「うんっ♪ じゃあカイト、今日もよろしくね?」
「その目には弱いんだよ……まあいい、任されたぜアンジェ」
こんな会話も、戒斗とアンジェにとっての日常。ああして毎朝アンジェがわざわざ部屋まで起こしに来るのも、戒斗が彼女を学園に送り迎えしてやることも。その全てが、二人にとっての……平穏で、幸せに満ち溢れた日々の一幕だった。
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