ポインセチアのせい


 ~ 十二月二十九日(日) ~

 ポインセチアの花言葉

      元気を出しなさい



 四日ほど遅刻した。

 時期外れのポインセチア。


 それを頭から、わさっと生やして。

 俺を出迎えたのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 そう、お花は時期外れ。


 でも。

 それ以上に。


「…………さすがにそれは」

「シロップが無いから、ジャムを緩めに溶いてみたの」


 大掃除をしていると。

 目についたもので。

 遊んでしまいがちなのは分かりますけど。


「本日は、この冬一番の冷え込みになりました」

「さみいの」

「そんな中、早起きをして。昨日おばさんに指示された台所掃除を行っていることは褒めてさしあげます」

「これくらい、大人なあたしには当然の事なの」

「いいえ。残念なことに、大人なレディーは、真冬にしゃかしゃかしません」


 キッチンの。

 上の棚から下ろしたもんだから。

 やってみたくなったのですね。


 かき氷。


「美味しいの」

「……本日、この冬一番の冷え込みになりました」

「冒頭に戻ったの」

「本日! この冬一番の冷え込みになりました!」

「道久君の分もあるの」

「それは、道久は逃げるなという意味の方言ですか?」

「イチゴジャムのシロップ作ったの」

「それは、道久はプレーンで食えという意味の方言ですか?」


 この寒いのに。

 どうして君はそうなのか。


 俺に、まだ冷たいこたつをすすめて。

 いそいそとガラスの器を運んでくると。


「……案の定」


 イチゴ味の品を俺が口にできるはずもなく。

 こいつは、俺の隣に腰かけるなり。


 冷やしたシロップを味見し始めて。

 スプーンを幾度も口へ運んで。


「……はっ! しまったの!」

「ええ。そうなると思っていましたけれど」

「あたしの分のシロップが無くなっちったの!」

「奇遇ですね。俺の分も同時に無くなりましたよ」


 もう。

 真夏では無いのですから。


 プレーンは無理。


「まあいいの。いただきますなの。……では、お先にどうぞなの」

「意地でも食えと?」

「きっと、道久君の舌に革命が起きるの」

「起きるでしょうね。この寒いのに氷なんか食わせやがってと」


 舌が俺に反旗を翻したら。

 らりるれろをしゃべることが出来なくなりそう。


 せめて舌を怒らせることの無いように。

 ちょっぴりだけスプーンですくって。

 口へ運んでみたら。


「……ん? なにこれうまい!」


 プレーンかと思いきや。

 味が付いています。


 なんだか、白っぽいかき氷。

 まさかこれは……!


「天才ですか君は! 牛乳を凍らせて削ったのですね?」

「ちっと違うけど、似たようなもんなの」

「いやいや、面白いこと考え付きましたね! ほんとに美味い! ご覧ください、スプーンが止まりません! これなら、三口も食べることが出来たのですごちそうさま!」


 そりゃそうだ。


 美味かろうが何だろうが。

 かき氷は無理。


 一気に体が冷えました


「……凄いの。よく三口も食べれたの」

「お前は一口で終了かい!」


 食べてみるまでどうなるか想像が付かないなんて。

 君は作る工程を楽しんでるだけなの?


 一口だけ食べて。

 器にラップをし始めたこいつを殴っても。


 法律的になんの問題も無いようにすら感じます。


「おはよう、道久君。ごめんね連日お掃除手伝ってもらって」

「おはようございます。いつもの事なので構いませんよ」


 そんなところにおばさんが。

 寝ぼけまなこに着古したジャージ姿で現れたのですが。


「……どうしたのです? 目の下にクマが出来ているのです」

「それがもう、どうにも眠れなくてね……」

「何かあったのですか?」


 心配しながらたずねると。

 おばさんは腕を組んで。

 心の中で、なにかと戦っていたかと思うと。


 急に、かっと目を見開いて。

 大声をあげたのです。


「ええい、もう耐え切れん! 掃除の前に、みんなでプリンを食べましょう!」

「…………はい?」


 なんだかおかしなことを言い出したおばさんは。

 荒々しい足取りでキッチンへ向かいながら。

 熱弁し始めたのです。


「昨日の夜、急に食べたくなっちゃってね! 車とばして深夜までやってるスーパーまで行って材料買ってきたのよ!」

「手作りプリン!? どうしてそこまで!」

「しょうがないでしょうよ、食べたくなっちゃったんだから!」

「いやいやいや」


 食べたくなったのなら。

 既製品を買って来ればよかったのでは?


「そんで、深夜にこさえて冷やしておいたのよ!」

「やりすぎ」

「おかげでウキウキして眠れなかったんだから!」

「お子様ですか」

「そんな、おばさん特製手作りプリンがこちら! ……に、影も形もおおぉ!?」


 おばさんの一人漫才。

 面白いのですけど。


 それより、冷蔵庫を開いたまま固まらないで下さい。


 冷気が床を伝ってこっちまで来るのです。


「ほっちゃん! ママのプリン知らない?」

「知らないの」

「道久君! おばさんの牛乳プリン知らない?」

「知らな……、え? 牛乳プリン?」


 俺と穂咲は。

 顔を見合わせて。

 そして同時に自分の器へ視線を落として。


 器を両手で恭しく持って。


 ……はい、どうぞ。


「ほっちゃん」

「これに」

「あなたが差し出しているものは、牛乳プリンの成れの果て?」

「いかにも」


 おいおい。

 おばさんが楽しみにしていたプリンを凍らせて。

 それをしゃかしゃかしちゃったのですね、君は。


 おばさん、君の返事を聞くなり。

 冷蔵庫の扉にもたれかかったまま。

 膝を落としてうな垂れてしまったではないですか。


 ……これはあまりにも不憫。

 俺は、かき氷をスプーンにすくって。


「元気を出してください」


 それをおばさんの口へ咥えさせてあげたのですが。


「つめたっ!」

「おおせの通り」

「…………ほっちゃん! 道久君!」

「「ははっ!!」」

「今すぐスーパーに行って買って来なさい!」

「「御意!!」」

「材料を!」

「「ウソ!?」」



 ……こうして、今日も。

 掃除が終わることは無かったのでした。

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