アニソドンテアのせい
~ 十二月二十八日(土) ~
アニソドンテアの花言葉
今日限り
お正月飾り。
これを始めると。
今年、やり残したことは無かったかしらと。
胸に焦りが湧いてくるものです。
「なんで今日しかダメなの?」
……ええ、誰しも。
同じことを胸に抱くことでしょう。
この世界で、たった一人を除いて。
年末も迫っているのに平常運転。
この、危機感と対極に生息する生き物は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を後ろで一つ結んで、三角巾などして。
年末大掃除感はアピールしているようですが。
その頭のてっぺんに。
アニソドンテアをゆらゆら揺らして。
先ほどから、仕事をする俺の後ろについて来て。
おしゃべりばかりで手がお留守。
「ねえ、なんで今日しかダメなの?」
「ええい、手を動かしなさいな」
「だって、気になるの」
「……九飾りと一夜飾りはどっちもダメなのです。意味は知らないけど」
洗濯したカーテンを干した後。
金具を一つ一つ磨いている横で。
カーテンレールを数珠に繋いで。
ネックレスにして遊んでいた穂咲は。
俺の、雑な説明に。
口を尖らせます。
「説明になってないの。なんでお正月飾り、今日にやらないといけないの?」
ああ、面倒。
でも説明しないと延々質問されるので。
仕方なしに。
俺は穂咲のネックレスをそのまま物干しへ引っ掛けながら。
理由を話してあげました。
「九飾りは二十九日。この日はダメ。一夜飾りは三十一日。この日もダメ」
「じゃあ、三十日にやればいいの」
「そう言ってる穂咲のような子は、三十一日にやると思いませんか?」
「……説得力あるの」
それでも最大限の譲歩と思いやり。
こいつの場合。
『やらない』に100点と。
『そもそも掃除のことなど忘れてる』に300点。
二点賭けなのです。
「そう言えば、二十九日は二重苦だからダメって、ママが言ってたの」
「そういう話もあるようですね。縁起物ですから、気にした方が良いのです」
「昔の人は真面目だから、そういう語呂合わせしないと思ってたの」
なんという偏見。
ダジャレとか語呂合わせなんて。
昔からあるものでしょうに。
戸棚の上に乗った缶や箱を下ろして。
埃取りをしていると。
穂咲が床を拭き始めたのですが。
拭いた端から埃が落ちてますって。
「昔の人だってしますよ。櫛を売ってるお店、なんという看板を出していたと思います?」
「年末大特価店頭品売り尽くしセール中」
「駅前の雑貨屋ですか」
「一昨日行った時に買った最後の一個の髪留めが、昨日も一個だけカーゴに置いてあったの」
「店頭品は売り尽くされたのでウソじゃないのです。正解は、く、し、だから、十三屋」
「……間違ってるの」
「あれ? 穂咲、まだ足し算習っていませんでしたっけ?」
「三十六屋なの」
「かけちゃいましたか」
棚を上から順繰りに。
中身を出して、埃を拭いて。
中身を戻すの繰り返し。
それを真似して穂咲も。
棚に布巾をかけて行きます。
下から。
「他には?」
「ええと……、この間、明和って元号聞いたでは無いですか」
「タイムスリップした時?」
「スリップしてないですけどね。明和九年には災害が多発したのですよ」
「……めいわくねんだからなの!」
「お、鋭い。そんな言葉が流行ったそうなのです」
「流行語になるのも頷けるの。なら、令和でも探すの。れいわく、れいわはち」
「あるわけ無いのです」
穂咲が拭いた棚。
案の定、上から落ちた埃が付いていますので。
それを取り除こうとしたのですが。
この人、びしょびしょの布巾で拭いたようで。
手間が格段に増えたのです。
「ええと、乾いた布巾……」
「れいわよん、れいわさん……? れいわさん! これなの!」
「はあ。そんな言葉無いでしょうに」
「令和三年になったら、レイワちゃんをレイワさんって呼ぶの!
「遠大な計画ですね。それまで仲良く友達でいることができると良いですね」
「当たり前なの。クラスのみんなと、ずっと友達なの」
俺は乾いた布巾を探しながら。
穂咲の言葉について、ちょっと考えさせられました。
みんなはそれぞれ。
まったく違う場所へ旅立って。
新しいお友達を作ることになるでしょう。
そんな時、穂咲から連絡が来て。
遊ばないかと誘われた時。
どう思うのでしょうか。
……中学の頃、同級生だったのに。
違う高校へ進んだ友達から。
連絡が来たとしても。
俺は、きっと返事をするのに躊躇すると思うのです。
誰しも。
生活空間の中で友達を作るもの。
昔の友達とは。
疎遠になるもの。
それは避けることのできないものだと思うのです。
「…………そう。そしてこれも避けることはできないのです」
「何がなの?」
ようやく布巾を見つけて戻ってみれば。
俺が拭いた段も水浸し。
しかも、ほこった棚を拭いた濡れ布巾で上の棚に挑んだものだから。
綺麗になった部分に濡れた黒埃が点在しています。
「ああもう! 穂咲は掃除ではなく、正月飾りを始めてなさい!」
「そこはかとなく役立たず扱いされた気分なの」
「いいから! そろそろおばさんが帰って来ると思うから門松を……、おや。噂をすれば影なのです」
車庫の方から車の音が聞こえたので。
きっと、おばさんが配達から帰って来たのでしょう。
お正月かざりを買ってくるといっていましたし。
このジョーカーを押しつけてやるのです。
「じゃあ、ママと玄関を飾り付けとくの」
「はい、適度にね」
「ゴージャスに」
「……適度に、ね」
ごめんなさい、おばさん。
でも、穂咲がそばにいるといないとでは。
効率が、軽く三倍は違うのです。
そして聞こえる大きな声が。
静かな年末の住宅街に響き渡ります。
「ただいま~! 配達途中でケーキ買って来たから、休憩して食べましょ?」
「ケーキ! いっぱいお掃除したあたしに嬉しいご褒美なの!」
どの口がいますか。
呆れ果てる俺を放って。
穂咲が駆け出すと。
お店のシャッターを上げる音もさせずに。
駐車場の方へ向かう足音が聞こえるのですが。
……あれ?
俺、お店の床をデッキブラシで磨いた後。
シャッター閉めましたよね?
「ちょっと! お店の中、泥だらけじゃない!」
「それは、換気した方が早く乾くと思って……」
「はあ!?」
「……と、道久君が言いながら、道久君がシャッター開けっ放しにしてたの」
……あいつ。
「もう! 道久君は、ショートケーキのイチゴ抜き!」
やれやれ、穂咲は本当に掃除に向いていない。
しかも本人は、掃除が嫌いなわけじゃないので。
たちが悪いったらありゃしない。
俺はため息をつきながら。
手を、良く洗って。
ケーキ皿とフォークを取り出しました。
……そして、俺のケーキは。
罰のあるなしに関わらず。
いつものように、クリームとスポンジだけで出来ていたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます