ランのせい


 ~ 十二月二十七日(金) ~

 ランの花言葉 優雅な女性



「あと、何回寝たらお正月になるの?」


 毎年恒例、お隣さんの年末大掃除を手伝いに来てみればこれですよ。


 こたつから頭だけ出して。

 寝言をつぶやくのは藍川あいかわ穂咲ほさき


「……そのまま起きなければ、一回で済みます」

「むにゃ……。もう、これ以上眠れないの……」

「そこは食べられないのという場面ですが。面白かったので採用」

「道久君! こっちの高いとこお願い!」

「はい、おばさん。了解なのですが、優雅に年末を過ごすこいつをどうします?」

「好都合!」


 そうでしたね。

 こいつに掃除させると。


 掃除をしなければいけない場所が。

 どんどん増えていくからあら不思議。


「先日も、ひどい目に遭いましたし」

「何があったの?」


 おばさんからぞうきんを受け取って。

 カーテンレールを掃除しながら。

 俺はため息交じりに説明しました。


「穂咲が教室の大掃除をしようと言い出しまして。俺は黒板の上を念入りに綺麗にしていたのですよ。そしたらこいつ、俺の乗ってた椅子を傾けて……」

「あら力持ち」

「それで椅子から落ちた俺がやべっち君の持っていたモップにつかまったら、モップが入ってたバケツがひっくり返って。ぶちまけられた水を避けた立花君が、ゴミ箱を持っていた柿崎君にぶつかってゴミを撒き散らかして」

「あらあら」


 おばさんが天を仰ぎながらカーテンから金具を外して。

 無くさないようにエプロンのポケットへしまいながら先を促します。


「そしたらこいつ、『本当の掃除は、ここからだ! 藍川先生の次回作にご期待ください!』って言いながら……」

「逃げたの?」

「いえ。走ろうとして教卓に激突して、その上に提出してあったみんなのプリントを汚水滴る床の上にぶちまけました」

「何と言うか……」

「桶屋が儲かる的な連鎖に、一同大笑いでしたけど。優しいメンバーぞろいのクラスだから笑い事で済んだのです」

「なにが儲かるの?」


 また寝言かと思いきや。

 のっそりとこたつから這い出して。


「……大掃除、手伝うの」


 不穏なことを言い出したのです。


 すかさず俺とおばさんは視線を交わし。

 どっちが、邪魔だからあっちに行ってろと言うか、押し付け合いました。


 おばさんの手。

 包丁の動き。


 俺は指でばってんを作り。

 ご飯はいりません。

 今夜は外食の予定なのでという気持ちを伝えると。


 すかさず編み物の動きで返されます。


 でも、これもばってん。

 俺は薄手のパーカーの裾を引っ張って。

 今年はそこそこ暖かいのでいりませんという気持ちをアピールすると。


 しばらくの葛藤の上。

 おばさんが最後に繰り出してきたのは。



 お金のサイン?



 お年玉か……。

 それはやむなし。


 俺はため息をつきながら。

 早速、畳に濡れぞうきんからぽたぽた水を零して歩く穂咲の首根っこを捕まえました。


「なにが儲かるのか、ちょっと自分で考えてみなさい」

「何の話?」

「自分で聞いておいて、もう忘れました? 風が吹いたら桶屋が儲かるというお話なのです」

「……考えるって、どうやって?」

「ええとですね……」


 あれ?

 たしか、東海道中膝栗毛のマンガ版で見た気がするのですが。


「はて? 最初はどうなるのでしたっけ?」

「風が吹くと、砂埃が増えるのよ」


 おお、我が盟友よ。


 おばさんが助け舟を出すと。

 穂咲があっという間に食いついてきました。


「え? そんで、どうやっておけやが儲かるの?」

「砂埃が増えると、何かが増えるの。そしたら次にまた何かが起きて……」

「最後にはおけやが儲かるの? 楽しそう! 考えてみるの!」


 そして穂咲はこたつに戻ると。

 片面刷りチラシを裏にして。


 鉛筆片手に唸り始めたのです。


 なんて珍しい。

 穂咲が知的ゲームに夢中になるなんて。


 俺は畳の水滴を拭きとりながら。

 おばさんに向けてサムアップすると。


 あごにL字にした指をあてがい。

 まあ、ざっとこんなもんよなポーズで返されました。


 さあ、後は。

 難問に苦戦するこいつに邪魔される前に終わらせましょう。


 そう思って、バケツから濡れぞうきんを取り出したら……。


「できたの!」

「ウソ!?」


 そんなにすぐ?

 ほんとに!?


 俺が不安を滲ませた目をおばさんに向けると。


 窓のさんという難敵に立ち向かおうとしていたおばさんが。

 両手をびろーんと伸ばすのです。


 いやいや。

 話を伸ばせと言われましてもねえ。


「…………では、発表してみてくださいな」

「もちろんなの。風が吹くと、砂埃が舞うの」

「はい」

「砂埃が舞うと、いがらっぽくなるの」

「喉に入っちゃいましたか」


 ほんとは、目なのですけどね。


「そんで、いがらっぽくなるから、喉スプレーするでしょ?」

「先にうがいしてください。今、俺の口の中がじゃりじゃりでねとねとなのです」

「んじゃ、そうするの」


 俺の露骨な嫌そうな顔を素直に受け取った穂咲は。

 手早く答案にうがいを追記しながら。


「そんで、喉スプレーをみんながするとね? あーって発声練習するでしょ?」

「あれは説明書にそう書いてあるのでやるだけでしょうに。発声練習ではないのですが」

「そしたら、他の人の美声が羨ましくなるの」

「なりますかねえ?」

「……だって、あたしは羨ましいなっていつも思うの」


 そう言いながら。

 しょげてしまった穂咲さん。


 そうですよね。

 君は、歌が大好きなのに。


 喉と言う名の、パパから貰ったクラリネットが壊れてしまっていますからね。


「……歌は上手いとか下手とか、綺麗とか汚いとかじゃなくて。楽しいか、楽しくないかで勝負が決まると思うのですが」

「そんなこと無いの」


 ありゃりゃ。

 うまいこと機嫌を取ることが出来ませんでした。


「でも、俺は穂咲の歌は好きですよ?」

「好きとか嫌いとかでも無いの。綺麗な声の人が歌ってるの、憧れちゃうの」

「声か……」

「でもね? 負けてばっかじゃいられないの。特訓するの」

「どうやって?」

「最近のには、採点機能とかあるの。アドバイスまで出るの」


 アドバイスまで。

 へえ、進化したものなのです。


 …………ん?


 ちょっと待て。

 それって。


 俺があることに気付いた瞬間。

 こいつはチラシの裏をどや顔で俺に向けて。


「オケ屋が儲かるの」

「カラオケ屋じゃない!」


 現代の日本では。

 より、メジャーな方のおけ屋を儲けさせてしまったのでした。



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