復讐

猛スピードで走る馬車の扉を開けて入ってきた男に、ミカは、


「お前! 何のつもりだ…! こんな……っ!!」


自身が命を賭して今日までやってきたことを台無しにされ、さすがに冷静ではいられなかった。


「……」


けれど、男は、マスクの向こうから冷淡な視線を向けつつ扉を閉めるだけだ。


そして激しく揺れる、ほぼ暗黒の車内でも壁に両手をついて器用に体を支え、ミカの正面に座る。


さらにコンコンと壁を叩くと、御者の席との間にある小さな窓が開けられ、僅かだが光が入ってきた。


辛うじて互いの姿がはっきりと分かる程度には明るくなる。


「……」


ミカは、正面に座った男を厳しい目で睨む。


するとようやく、男は、


「相変わらずですね…ミカ様……」


やや硬い印象のある声で語り掛けた。ミカにとっても聞き覚えのある声だった。


「何が狙いだ!? ウルフェンスっっ!!」


問い掛けたミカの声は、怒りのあまり掠れてさえいた。なのに、男は、ウルフェンスは、マスクを外しつつ、ただ冷たく硬い声で、


「狙いも何も、あなたに絶望を与えに来たんですよ……」


と返した。


「絶…望……?」


声を詰まらせる彼女に、ウルフェンスはなおも言う。


「ええ…そうです。絶望です。私はあなたに絶望を与えるために帰ってきました。


もっとも、本当は、あなたにはあのままギロチン台の露と消えていただくつもりでしたがね。昨日までは。


ですが、ある者が告げたんですよ。あなたは死を望んでいると。死ぬことで自らの罪をすべて清算し、救われようと考えていると。


私も、その話を聞いた時には半信半疑でした。その者の提案に乗って準備を進めていても、やはり完全には信じられなかった。


けれど、こうしてあなたを目の当たりにしてようやく、その者の言葉が真実であったと実感しました。


…そうです。そのかおです。


私はあなたのその貌を見たいがためにこうして恥を忍んで戻ってきたのです……」


「……!」


冷淡に語るウルフェンスを、ミカは見ていた。


何とも言えない表情で。


これまで決して他人には見せてこなかった表情で。


耐えて、


耐えて、


ここまで耐えて、


ようやく楽になれると思った。


終われると思った。


なのに―――――


何もかもお終いにできると安堵したところですべての救いの目を奪われた者の表情がそこにはあった。


真に絶望した者の貌が……




そうしてようやく、ウルフェンスは僅かに微笑んだのだ。


「あなたのその貌を見られて良かった……


これでほんの少しだけ、溜飲が下がりましたよ。


死はあなたにとって罰になどならない。あなたにとって死は唯一の救いだった。最後に死んで楽になれると思えばこそあなたは今日までやってこれた。


でも、私はあなたを死なせない……


死んで楽になどならせない……


それが私の復讐です……」


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