生きるという拷問
人は死を恐れるが故にそれが<罰>になると考える。
しかし、真に死を覚悟した上で事を成そうとしている者にとっては、それはむしろ安らぎであり救いであり、何もかもをリセットしてくれる、
<究極のハッピーエンド>
だった。
『生きていれば幸せになれる』
など、幸せになれた者が語る結果論に過ぎない。幸せになれる道が存在しない者にとっては、
『生きろ』
という言葉そのものが拷問である。
「あ……ああ……う、ぐ……ぅぅううぅぅぅ……」
ミカは、自身の体を抱き締めるしかできなかった。抱き締めて、自分自身に爪を立てて、唇を噛み締めて、自身の体がバラバラに弾けてしまいそうな、しかし実際には決してそうはならない感覚にただ耐えた。
本当にバラバラに弾け飛んで消えてしまえれば楽になれるというのに……
その後、
<歴史上最も忌むべき悪女>
と称された彼女の姿を見た者はいない。
ただ、帝国は、元女帝を奪ったのは列強諸国の仕業と考え、彼女を神輿として掲げて戦いを挑んでくるに違いないと捉え、国民も一丸となってそれに備えたそうだ。
これにより、帝国は優れた人材を自ら生み出すために公教育に力を入れ、しかも国民は高い意識を持ってそれに望み、僅か数十年の間に識字率を大陸一のレベルにまで引き上げたのだという。
さらには、そんな帝国を脅威と見た周辺諸国も負けじと自国の強化に力を入れ、結果、大陸西方はこの時代においては『次元が違う』とさえ言えるほどに発展したのだった。
<歴史上最も忌むべき悪女>はギロチンに掛けることはできなかったが、彼女が反攻を試みる可能性が危ぶまれたことで、結果的に帝国を一つにまとめ上げることに貢献したとも言えるだろう。
だが、それをもたらすきっかけとなった<ミカ=ティオニフレウ=ヴァレーリア>の消息は杳として知れなかった。
噂では、
『亡命したリオポルドと再会し、仲良く平民として暮らした』
とか、
『潜伏先で帝国の刺客に見付かり暗殺された』
とか、
『精神を病んで物乞いとなり、道端で凍死した』
とか、様々なものが飛び交ったものの、どれも確証が得られるようなものではなかった。
とは言え、少なくとも彼女が歴史の表舞台に再び姿を現すことがなかったのだけは、間違いない。
また、監獄に捕えられていたルパードソン家の人間達は、ミカを攫ったのとは別の集団により連れ去られ、全員が行方をくらましている。
ただ、その際、看守長であるフェンブレンはロクに抵抗しなかったとか、フェンブレンの前任者である元看守長が襲撃者を率いていたという話もあるが、これについても、フェンブレン自身は、
「国が我々を軽んじ十分な備えをしなかったことが一番の原因であり、現場はできうる限り最大限の抵抗を試みた。この点については正当な評価を求める。
前任者が襲撃者の中にいたかどうかは、私は目撃していないので承知していない」
と証言している。
一方、ミカの夫であった<リオポルド=ル=クレルドゥス=モーハンセウ>については、後の研究で遺体が詳細に調べられ、それによって遺伝子的には<女性>であったことが判明している。
どうやら陰核が異常に発達して男性器のようにも見えていたことで男性として育てられたのか、もしくは普通の男性でないことは分かっていたが、王位継承権を持つ男子が望まれていたことで敢えて男性とされた可能性が指摘されている。
DNA鑑定技術もなかった当時、リオポルドとミカの間に子供ができなかったとしても何らかの形で子供を調達し、それを王子とすればいいと考えられていたのかもしれない。
これについては一切の資料が見付かっていないそうなので推測の域は出ないものの、リオポルド自身は、亡命先の<ルティーニア公国>において丁重にもてなされ、八十歳で亡くなった後も本人のそれと分かる形できちんと墓が作られたことから、遺体の調査ができたという経緯もある。
<ルティーニア公国>自体、元々、国土の大半が厳しい山岳地帯にあって楽観的な国家運営ができない国であったために有事に対しての備えは万全で、辛抱強い国民性もあり、大陸西方を襲った未曽有の大飢饉すら大きな被害を出すこともなく耐え忍んでみせたという。
最後に、リオポルドに献身的に仕えたウルフェンスについては、彼が亡くなった後、齢九十を超えていた筈にも拘らず一人旅立って消息を絶ってしまったらしく、墓すら見付かっていない。
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