そこに繋がるものを

翌日。やはりミカはいつもどおりに目を覚まし、自身を健やかに保つためのルーチンワークをこなした。


明日には死ぬ身でありながら無駄なことを、と思うかもしれないが、このルーチンワークが彼女の精神の均衡を維持しているという面もあるのだろう。


でなければ、さすがのミカも精神に変調をきたしていたかもしれない。


今の時点ではギロチンまでは免除される公算が高いにも拘らず、拘禁反応により精神を病んだノーティアのように。


しかも、どこで聞きつけたのか、ミカがこの監獄で拘置されていることを知った民衆の一部が押し寄せ、


「死ね!」


「魔女を殺せ!!」


「人殺し!!」


などと声を上げていた。


それらの喧騒すら、彼女には届かない。


その身に宿した子も見送り、いよいよ思い残すこともなかった。


ただ、思う。


『この世界に来ることさえなければこんなことにはならなかったのだろうな……』


とは。


だが、起こってしまったことをどれほど恨んでも憎んでも嘆いても覆ることはない。それを彼女は知っている。


知っているからそれを受け止めるだけなのだ。




今日はもう食事は出ない。小さなポットに入れられた水だけがベッドの枕元に置かれている。


それが最後に彼女に与えられたもの。


なのに、ミカの肉体は命のサイクルをしっかりと刻む。排泄さえいつもと変わらない。


『これも生きていればこそか……』


もはや必要ないと思われるにも拘らず、『そんなこと、知ったことか』と言わんばかりの自分の体に、彼女は小さく苦笑いを浮かべた。


そう。自分は生きている。細胞の一つ一つが生きるための活動を続けている。一瞬、一瞬を、生まれてこれまで変わることなく。


「……」


ふと、<向こう>に残してきた人々の顔が頭をよぎる。たとえ生きていても決して二度と顔を合わすことはないであろう者達。


とてもあたたかい人達だった。自分のような人間を受け止めて支えてくれた、かけがえのない人達。


『もし<生まれ変わり>などというものがあるのなら、今度はあなたの子供に生まれてきたいな……』


自分を<姉>と慕ってくれた少女の顔がよぎる。


先に逝った<我が子>も、その少女の下でならきっと幸せになれるだろうと思う。なにしろあそこなら、父親や母親が何人もいるようなものだし。何があろうと誰も見捨ててくれないに違いない。


こちらに来てから敢えて思い出さないようにしてきたというのに、いよいよとなればこうして思い出してしまうのか。


いや、無理もないだろう。彼女にとっては自分自身を作り上げてくれた人達なのだから。


今から数百年後、この世界でもあのような人がきっと現れてくれる。


そこに繋がるものを自分が残せたのであれば、思い残すことは何もない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る