最後の朝
最後の夜。
もう日が暮れてからさえ結構な時間が経つというのに、監獄の外では民衆がまだシュプレヒコールを挙げていた。
それをまるで虫の声のように聞き流し、ミカはベッドに横になったまま時間を過ごした。
自身の命を感じていた。
内臓が活動し、心臓が鼓動を刻み、血が全身を駆け巡る。
呼吸が鼻を喉を行き交う。
これらとも明日にはお別れだ。
鼓動はこれまでにおそらく七億回以上。
呼吸はおそらく一億五千万回ほど。
たった二十年やそこらの人生でも、気の遠くなるような数字だ。
しかしギロチンは一瞬でそれを終わらせるだろう。
なんと恐ろしいことか。
人間はそんな恐ろしいことを、自分はそんな恐ろしいことをしてきたのか。
改めて実感する。
『だからこその罪の重さだな……』
ベッドに横たわり、夜が更けてさすがに外の喧騒も治まっても、まったく寝られそうになかった。
ミカでさえ、自身の死が迫っているとなればこうなるということなのか。
『まあ、明日には関係なくなるからな……』
僅かに手の指先がピリピリと痺れる感覚がある。これまで感じたことのないもの。
どれほど平静を装っていても、肉体そのものは無意識の影響を受けているのかもしれない。
死にたくない。
死にたくない。
生きていたい。
我が子に腹を蹴られてつい意識してしまったように、無意識の領域では間違いなくそう思っている。
それを、見ないように、考えないように、感じ取ってしまわないように心を凍りつかせているだけだ。
そんなことができるだけでも彼女が並じゃないことの証拠だろうが、同時に、彼女もやはり人間であることも確かだということなのだろう。
体が勝手に動いてしまって行った寝返り以外には身動き一つとることなく夜を過ごす。
けれど、やがて空気が変わってくるのが察せられてしまった。
夜が……明ける……
<最後の朝>が来る。
誰しもにいつかは訪れるそれが、彼女にも訪れた。
窓の外が明るくなっていく。独房の中も徐々に明るくなっていく。得体の知れない染みが無数についた壁や天井がはっきりと見えてくる。
自分がギロチン台に送り込んだ者も、ここで最後の朝を迎えたかもしれない。
いや、ほぼ間違いなくそうだろう。
霊や怨念など影も形も見えなかったが、もしかすると壁や天井の染みは死を恐れた者達がつけたものかもしれないとは思う。
そしていよいよ自分の順番だ。
夜明けと共に、人々の気配も伝わってくる。
「……!」
「……!」
さっそく何やら声を上げているが、よく聞き取れなかったのだった。
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