何一つ無駄には

刑が執行されるまでの間だけ拘置される監獄へと、ミカは収監された。


そこは作られてからすでに百年以上経つ監獄だったので、さすがにルパードソン家の居城を改修したそれに比べれば明らかに古く陰鬱な印象があった。


彼女が置かれる独房も、あちらの<地下牢>に比べればいくらか『マシ』ではあったものの、やはり、臭く、汚く、暗い。


普通の人間なら数日いるだけで精神を病むだろう。


そういう空間だった。


それでもミカは不満一つこぼさず独房に入り、染みだらけのシーツが敷かれただけのベッドに腰掛けた。


明後日には彼女は死ぬ。


なのにそういう悲壮感がやはり彼女からはまったく漂ってこなかった。


どこまでも気高く、毅然としていて、決して揺るがない。


彼女ほど<国を統べる者>に相応しい人間がそうそういるだろうか?


そんな風に思わされながらも、彼女に対する民衆の評価は、


<歴史上最も忌むべき悪女>


なのだ。それが覆る気配は微塵もない。


そして、その、<歴史上最も忌むべき悪女>がいよいよギロチンによって首を落とされ、最後を迎える。


民衆は、その瞬間を心待ちにしていた。


なにしろ、ギロチン台が組み上げられた王城前の広場には屋台までが並び、すでにお祭り騒ぎにすらなっていたのだ。


やがて時代が進めば、そういう、


『人の死をエンターテイメントとする』


ことは繭を潜められるものになっていくのだとしても、少なくともこの時代においてはこれも当然の習慣だった。


その中で、ミカは、いかに鮮烈に人々の心に刺さる形で自身の最後が彩られるかを考えていた。


そうすることで、考える機会をもたらしたいと思っていた。


彼女の望むとおりになるかどうかはもちろん分からないにせよ、何らかのきっかけにはなる可能性はあるだろう。


それが、多くの犠牲を、より意義のあるものにするに違いない。


無論、そんなものはただの詭弁に過ぎない。犠牲に意義を求めるなど、所詮は、


<加害者側の理屈>


<加害行為を正当化しようとする戯言>


でしかない。


だが、それでも、『せめて』と考えずにいられないのも人間というものだろう。




地下牢で食べたような、堅く粗末なパンが食事として出され、ミカはそれを小さくちぎりながら丁寧に味わいながら食べた。


昨日の<仔羊のテリーヌ>とは比べるべくないそれも、愛おしむように自らに摂り込む。


最後のその一瞬に向けて、いよいよ何一つ無駄にはできない。


ミカの命が、静かに、しかし確かな熱を持って、揺らめいていたのだった。


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