護送
たとえ人間に何があろうとも、太陽は昇り、朝は来る。たとえ雨が降っていようとも、雲の向こうではそうなのだ。
だから人間のあれこれなど、本来、<世界>にとってはまったく無価値なのだろう。
それを示すように、ミカがいる監獄にも当たり前に朝は来た。
「……」
彼女は夜明けと共に起きて淡々と身支度を整え、その時を待つ。
一方、看守長のフェンブレンも当然のこととして淡々と手続きを済ませ、護送の用意をする。
「これでお別れだな。お前は本当に模範的な囚人だった。誰もがお前のようにいられればと私は思う」
昼前、すべての準備が終わり、独房から出された彼女に、相変わらず神経質そうな顔をしつつもフェンブレンがそう声を掛けると、
「そうかもな……」
とだけ応え、ミカは護送用の馬車に乗り込む。
その様子を見守る看守達も他の囚人達も、何とも言えない表情をしていた。
悲しんでいるのでもなく、蔑んでいるのでもなく、しかし同時にそのどちらでありそうな。
おそらく、本人にも自身が抱いている感情を上手く表現できないのだろう。それもまた人間なのだと思われる。
いよいよ馬車が動き出した時、
「……」
ミカは<我が子>が埋葬されたという庭の隅に立てられた簡単な墓標にちらりと目をやった。
『さらばだ……』
そんなことを思う彼女を乗せ、馬車は監獄の門を出て、王都への道を進みだした。
警備の兵士が馬車を取り囲み、物々しい雰囲気を醸し出す。
とは言え、それ自体、貴族や王族の馬車が通る時には普通の体制なので、それを気にするものはいない。
特に問題もなく、粛々と行程はこなされていく。
その間、ミカはかつて自分が治めていた帝国の領地を、鉄格子が嵌められた馬車の窓から見た。
そこには人々の当たり前の暮らしがあった。
未曾有の大飢饉を乗り越え、次の冬に備えて準備に余念がないものの、その表情には何処か余裕も感じられた。何しろ今年の夏は例年通りの実りを得られたのだから。それがあれば次の冬を乗り越えるのは難しくない。きっと餓死者を出すこともないだろう。
それが見ただけでも察せられる。
「……」
いつしかミカの表情には、何処か満足そうな微かな笑みが張り付いていたが、そのことに気付く者はいなかった。
順調に行程をこなした馬車は、日が暮れる前には王都へと入った。そこから刑が執行されるまでミカが仮に拘置される監獄へと向かう。
そこまでの道でさえ、王都の賑わいが感じ取れた。実に活気に溢れた。
『これぞ<国>というものだ。国はこうでなくてはな……』
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