長い夜
唯一の<友人>とも言える女性が危険を冒してまでも会いに来てくれたというのに、ミカはそれに応えなかった。
いや、応える気力もなかったのだろう。
普通なら正気を失っていても何もおかしくない状況の中で毅然とした態度を崩さないだけでも途方もない気力を費やしているのだろうから。
『己の最後の役目を果たす』
その想いだけが、ミカを支えていた。
それ以外は何もない。
『あと三日。それですべてが終わる……』
ただそこまで持ち堪えられれば良かった。
そこまでしか持ち堪えられなかった。
そうでなければ、耐えられない。
<友人>はそれ以上は何も言わず、食事の用意をした。
一人用の小さなテーブルに出されたメインディッシュは、<仔羊のテリーヌ>だった。
子を亡くしたばかりの彼女にそれを出すというのも皮肉が過ぎるかもしれないが、ミカはゆっくりと<最後の晩餐>を味わった。
刑を処する前は、ストレスのあまり嘔吐する者が多いので、帝国では前日からは食事が抜かれることが多かった。胃の内容物が多いと吐いた時に後始末が大変だからだ。まあそもそもほとんどの者が食事どころではないというのもあるだろう。
ミカの場合は移動も考慮してまともに食事ができないはずなので、今日が最後となるということである。
「いかがでしたか?」
食後のワインを含むミカに、<友人>が給仕として尋ねる。
「ああ…良い腕だ。今後も研鑽を重ねてほしいとシェフに伝えてくれ」
冷淡ながら、同時に惜しみない賞賛も込められたその言葉に、
「ありがとうございます」
<友人>は返し、片付けをして出て行った。もう振り返ることもなかった。決別を済ませたということなのだろう。
「……」
警護の看守達も、眉間に眉を寄せてただ黙っていた。
『なんで逃げない……? バカな女だ……』
とは思いつつも。
その夜、監獄は何とも言えない空気に包まれていた。
<歴史上最も忌むべき悪女>がいよいよギロチンに掛けられるべくここを去る。
王都へと護送され、そこで首を刎ねられて死ぬ。
ようやくそこで終わるはずだ。
ただ、ミカ以外の囚人の処遇については今なお決まっていなかった。
もしかしたらミカが処刑された際の人々の反応を見て、それから改めてということかもしれない。
そう。すべては三日後、いや、すでに日付は変わったから二日後ということか。
看守も囚人達も、敢えてそこのことを話題にはしなかった。
静かに祈りを捧げる者。
眠れないままにベッドで身じろぎ一つしない者。
私室で隠し持っていた酒をあおる者。
それぞれに、長い、長い夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます