歯車の一つ

ここまで、ミカの狙いどおりに事態が推移しているように見えるだろうが、実はそうじゃない。単にミカは、列強諸国や豪商達、裏世界の実力者達の狙いを察知した上で、その狙い通りになった際に帝国側が受ける影響について予測し、そこに自分の狙いを重ね合わせているだけでしかない。


つまりミカは、どこまでも<漁夫の利>を得られるように手を打っているだけでしかないのだ。列強諸国が足並みを揃えて帝国に軍を差し向け陥とすという事態だけを回避されるように<友人>を通じて裏社会に対して工作を行っただけなのだ。もちろん、表の商人らの思惑もそこに絡んでいる。


それら裏社会や商人は自分達の利益のために政治にも干渉、所詮は互いの<共通の利益>のために危ういバランスで成り立っていただけの列強諸国の協調路線に綻びを生み、


『他国に出し抜かれてはならない!』


という心理を揺さぶったのだ。こうなればそれぞれ抜け目ない者達同士で勝手に潰し合ってくれる。


現時点では表向き、目立った動きをせず静観の姿勢を見せている国でさえ、水面下でデヴォイニト・フローリア王国の動きを利用して自国の利益を拡大させようと、秘密裏に自軍の一部を動かし、またはミカと同じように裏社会を通じて<傭兵>を募り、あくまで<所属不明の犯罪者集団>という形で、ミカの友人が集めた傭兵達により蹂躙されたデヴォイニト・フローリア王国の領土に派遣された。


だがこれは、それぞれの軍や<犯罪者集団>同士の衝突という事態も生み、それに巻き込まれる形でデヴォイニト・フローリア王国内の戦闘も拡大していったのだった。


まあ、それらを差し向けた他国にしてみればデヴォイニト・フローリア王国内がどれほど荒れようと知ったことではなかったというのもある。


たった三百人の傭兵軍が、国境近くの町や村を荒らし回っただけで<戦火>が燃え盛ったという結果を生んだ。


<セヴェルハムト帝国>という果実を共に料理しようと協調できていた間はよかったものの、それが一度崩れれば互いに相手を出し抜こうと隙を窺っていた本性が一気に表面化したのだ。


まさに政治の世界というのは魑魅魍魎が蠢く恐ろしいものだという証左なのかもしれない。セヴェルハムト帝国があまりにも呑気すぎただけなのだ。ミカのような小娘が政治の実権を握ることを許してしまうほどに。


これが他の列強諸国であれば、ミカは精々、<有能な女商人>どまりだったに違いない。


世界が大きく動くことになる流れの中に、彼女は上手く歯車の一つとして噛み合うことができただけとも言えるだろう。


そんな中、ミカの下に一つの報せがもたらされた。


「ルブルース様が戦死なされました…!」


マオレルトン領を我が物顔で踏み荒らしていたルブルースが、補給路を絶たれ孤立したデヴォイニト・フローリア王国軍の必死の抵抗に遭い、戦死したのであった。


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