市場原理

マオレルトン領で、<戦争>と呼ぶのすら憚られる地獄絵図が繰り広げられている一方、列強諸国内でも今回の事態に対する様々な思惑が渦巻いていた。


表向き、足並みを揃えなかったデヴォイニト・フローリア王国に対する批判が噴出していたのだが、実はその影で逆に今回の事態を利用しようとする動きもあったのである。


当然か。国家運営は綺麗事じゃない。利用できるものはなんても利用するというのはむしろ普通のことなのだから。


ネイサンが大使として赴任していたこともあるトルスクレム王国も、使者を送り強くデヴォイニト・フローリア王国に抗議しながらも、同時に、今回の戦争の影響を避けるという名目で、セヴェルハムト帝国との貿易に用いているルートの変更をセヴェルハムト帝国側に通告してきたのである。


地理的にはかなり離れているのでとても影響があるように思えなかったものの、デヴォイニト・フローリア王国内の政情が流動的になり、トルスクレム王国が使っている街道の警備に協力していたトルシアナ王国が自国軍を再編せざるを得なくなったのだ。


これにより商隊の安全を確保できなくなる可能性があるとして、現在のロイドニア領内を通るルートからルベルソン領を通るルートへの変更を一方的に告げてきた。


ロイドニア領を収めるロイドニア家は長年、トルスクレム王国の中枢に働きかけることでしがらみを作ってきたものの、自国の商人達の安全を守れない可能性があるとなると、トルスクレム王国としてもちょうどいい口実となった。


これに対して、交易の商隊が落とす金を当てにしていたロイドニア家は、当然、抗議するが、トルシアナ王国内の問題となると、そちらには太いパイプを持っていなかったロイドニア家の言い分は通らなかった。


「我々としても苦渋の決断なのです」


ロイドニア家と親交のあったトルスクレム王国の貴族もそう言ってロイドニア家に理解を求めてくる。


もっとも、この流れの背景には、ミカが商人時代に作り上げてきた商人同士の繋がりも影響していたのだが。


ルベルソン領を通るルートに変更することで、トルスクレム王国内の街道の整備に全面的に協力すると持ちかけてきた商人が何人もいたのだ。


もちろんそれは商人側にとっても新しい市場の開拓に繋がるというメリットのある話だった。


実はその街道は、また別の国との主要なルートとして整備されようとしていたのである。これが実現すれば百万人規模の市場が生まれるのだという。現代地球では百万人程度では大したこともないように感じるかもしれないが、世界全体の市場規模が数十分の一のこの世界では十分に大きいと言えるだろう。


市場原理というものは、市場原理主義が十分に浸透していない社会であっても決して少なくない力を持つ。そしてその影響はまるで波紋のように伝播していくのであった。




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