地獄絵図

マオレルトン領での戦闘は、果たして誰が味方で誰が敵なのかまったく判然としない、泥沼よりも酷い様相を呈していた。


元デヴォイニト王国の国民である兵士と、元フローリア公国の国民である兵士らも、互いに決して純粋な味方ではない。隙あらば背後から刺してやろうと双方共に思っている。


さらにはルブルースが率いるホエウベルン領の軍も、マオレルトン領の民にとっては敵よりも恐ろしい存在だった。


「お助け…お助けを……」


赤ん坊を抱えた女性が頭から血を流しながらルブルースらが通りがかった時に救いを求めてすがってきたが、


「なんだお前? 私の邪魔をするか?」


とルブルースが一喝し、女性は絶望を顔に張り付かせ、その場に蹲ってしまった。


その後、冷たくなった女性と赤ん坊が道端に倒れていたものの、誰も憐れむことさえない。


それどころか、果たしてどこの軍に属しているのかもよく分からない雑兵らしき男が、女性の腕の中で冷たくなっていた赤ん坊を掴んで放り、その上で女性の服を剥いで自身の欲望を叩きつけたりもした。


まさに<地獄絵図>だっただろう。


「お前、女だったら死体でもアリか?」


「イカれてんな」


男の仲間らしいやはり雑兵が、ニヤニヤと嗤いながら吐き捨てる。


それに似たような光景が、マオレルトン領全土で繰り広げられていた。


かろうじて生き延びた領民達は難民として他の領地へと逃れ、野宿以下の暮らしをすることにもなったようだ。


だがこれはまだ序の口でしかない。


他の領地は自分達のところに侵入されないようにと守りを固めたのでそれ以上は広がらなかったものの、ルブルースの軍に編入されていた<傭兵>達は独自に動き、国境付近を押さえるために拠点を作っていたデヴォイニト・フローリア王国軍を急襲。これを殲滅し、逆にデヴォイニト・フローリア王国側へと侵入した。


そして、デヴォイニト・フローリア王国側の国境付近の、補給のための拠点となっていた人口数百人程度の小さな町も襲い、住人達を虐殺した。


これが、ミカの<狙い>だったのだ。


デヴォイニト・フローリア王国軍をマオレルトン領の奥にまで誘い込み、戦線が延びきったところで補給路を分断。かつ、デヴォイニト・フローリア王国の町や村を蹂躙するというのが。


「近々兵士となりそうな若い男は全員殺せ。女子供は好きにして構わんが、こちら側につれて帰ることは許さん。


そうだな。別に殺さなくてもよい。徹底的に嬲った後で手足の一~二本も切り落とし、片目を潰して打ち捨てておけ。特に、将来、復讐してきそうな子供は念入りにな」


その命令を受けた傭兵の代表が、


「そんなことしたら編入する時に面倒が増えませんか?」


と疑問を口にすると、


「構わん。一旦占領し嬲りつくした後に奴らに熨斗を付けて返してやる。お前の言った<面倒>は、奴らが見ることになるのだ」


と、邪悪に微笑わらったのだった。


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